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ガソリン悪用した惨劇の防止「現行法では限界」 京アニ放火事件でルール改正もすり抜け

産経ニュース 2024年7月17日 19時2分

36人が犠牲となった京都アニメーション放火殺人事件ではガソリンが悪用された。令和元年7月の事件発生から18日で5年。ガソリン放火を想定した訓練や対策が全国に広がる一方、農機具などの燃料に使われるガソリンの小分け販売は今も認められ、「悪意」が絡む惨劇を完全に防ぐのは難しい状況だ。消防関係者からは、ガソリン放火の未然防止や避難対策を巡り「現行法では限界」との指摘も出ている。

今月にも同様の事件

今年1月の京都地裁判決によると、殺人罪などに問われた青葉真司被告(46)=1審死刑、控訴中=は事件直前、ガソリンスタンドで「発電機に使う」と偽り、ガソリン計40リットルを購入していた。ガソリンは車以外に農機具や発電機の燃料になるなど「生活必需品」の側面があり、携行缶を持ち込めば購入できた。

京アニ事件後、総務省消防庁は省令を改正し、小分け販売時には身元と使用目的を確認することを義務付けた。だが3年12月、京アニ事件などを参考にしたとされる大阪市のクリニック放火殺人事件では、死亡した容疑者がガソリンスタンドで身分証を提示。店員に「バイクなどの燃料に使う」と説明し、ガソリンを手に入れていた。

「京アニ事件後もガソリンを使用した事件が後を絶たない。顧客の本人確認などでは防げず、さらなる手段が必要だ」

産経新聞が京都市を除く全国19政令市の消防局と東京消防庁に実施したアンケートでは、静岡市消防局からこんな声が上がった。今月16日には愛知県高浜市役所で男が可燃性の液体をまいて放火するなど同様の事件が相次ぎ、「悪意を持って購入・使用しようとする犯罪者への対応には限界がある」(岡山市消防局)として、消防の現場はガソリン販売規制のさらなる厳格化を訴える。

避難対策「コスト過大」

京アニ事件のようなガソリン放火は、建物での失火といった現行の消防法令が想定する「一般的な火災」ではなく、想定外の「特殊な火災」に当たる。現行法で十分な防火・避難対策を図ることは「容易ではない」(福岡市消防局)のが実情だ。

大阪市のクリニック放火殺人事件では、現場の古い雑居ビルに避難階段が1カ所しかないなど、最新の建築基準を満たしていないことが被害を拡大させたとも指摘された。国は全国の古いビルで避難経路を確保するため、自治体と合わせ改修費の3分の2を補助する事業を始めた。

ただ、ビルの所有者側も費用の一部を負担する必要があり、制度の活用は進んでいない。神戸市消防局は「既存物件の改修はコストが過大となることも想像される」と問題点を指摘。避難経路を確保する上で「関係法令の整備と合わせ、改修を援助するような制度面の検討が必要」とした。

生存者証言もとに指針

京アニ事件の生存者らへの聞き取りなどに基づき、京都市消防局は2年3月、「火災から命を守る避難の指針」と題したマニュアルを作成した。内容は、大規模火災に直面した際の避難方法から体勢、呼吸法まで多岐にわたる。ガソリン放火といった厳しい状況で命をどう守るか。具体的な避難行動がイメージできる内容になっている。

指針は出火直後の行動や危機的状況に置かれた場合など7項目に分類し、具体的な避難方法を示している。

煙や熱は室内の上部にたまることから、「四つ這(ば)い避難」など低い姿勢での移動を推奨。避難器具がない場合、2階なら窓枠や手すりにぶら下がってから手を離す「ぶら下がり避難」を勧める。着地場所にクッションやソファを落とせば、より衝撃が和らぐとする。

このほか、煙を吸わないように姿勢を低くして歩く「ダック・ウォーク避難」や、服に火が移った際は寝転んで消火するなど身を守るための手段を紹介している。

京都市消防局では、マニュアルを基に8種類の動画を公開しており、担当者は「多様な場所の特性に応じた避難方法の引き出し(知識)を増やしてほしい」と話している。(荻野好古、堀口明里、森天音)

生存率高める避難指導が重要

京大防災研究所の西野智研(ともあき)准教授(建築火災安全工学)の話

放火に対してどのように備えるべきかは難しい問題だ。殺意を持った放火犯は対策の裏をかこうとしてくる以上、建物側の対策やガソリン販売規制などの取り組みの効果には限界がある。

まずは通常の火災を前提に安全性を高めるところから始めるべきだ。例えば、京アニ事件の現場となった第1スタジオは適法な建築だったが、事件では吹き抜け構造の階段から煙が上り、避難が困難となった。だが同様の現象は、ガソリン放火ではない通常の火災でも、被害の規模は違えど起きた可能性がある。

現行の建築基準法は通常の火災に対する最低限の安全性を確保するためのルールだ。建築主や設計者には法令の順守だけに満足せず、プラスアルファで安全性を確保する意識が求められる。

ただ立地や費用の面などから全ての既存建物で防火改修が可能なわけではない。そこで、生存率を少しでも高めるための避難行動指導が重要となる。参考となるのが、生存者へのヒアリングなどに基づき京都市消防局が作成した指針だ。この取り組みが波及し、多くの消防で参考にされている意義は大きい。(聞き手 荻野好古)

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