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兵庫知事問題であぶり出された公益通報の盲点 組織による恣意的判断は法改正で防げるか

産経ニュース 2025年1月29日 7時0分

政府が通常国会に提出する公益通報者保護法改正案の概要が明らかになった。通報者への不利益な取り扱いに罰則を設け、事業者側の不当な対応に対する抑止効果を狙う。通報者の保護は、組織の不正をあぶり出す公益通報制度を成り立たせる上での根幹となるが、兵庫県知事の疑惑告発問題で告発者が処分され、死亡した問題などで揺らいでいる。法改正によって安心して通報できる環境の整備が期待されるが、制度に詳しい専門家は課題も指摘する。

「不利益取り扱いに刑事罰を定めることは一歩前進だ」。制度に詳しい上智大の奥山俊宏教授は、今回の法改正に向けた動きを評価する。

同法が施行されたのは平成18年。三菱自動車のリコール隠しなどが内部告発によって明らかになったことがきっかけだ。

企業などの不正を告発する情報を内部の窓口や監督官庁、報道機関などに通報した人が不利益な扱いを受けないようなルールを規定。通報しやすい環境を整えることに主眼が置かれた。

しかし、狙いは十分に達せられていない。消費者庁が令和5年に実施した調査では、内部通報経験のある人のうち約3割が「後悔した」と回答。その理由を尋ねたところ、「人事異動・評価・待遇で不利益を受けた」との回答が約4割(複数回答可)に上った。

兵庫県では、元県幹部が匿名で告発文書を配布したにもかかわらず、斎藤元彦知事が部下に文書作成者が誰かを調査するよう指示。告発者を特定すると即座に職を解き、最終的には停職3カ月の懲戒処分とした。斎藤氏らの対応は県議会調査特別委員会(百条委)でも審議され、複数の有識者が同法に違反すると指摘している。

こうした問題が起こる背景には、通報者に不利益な取り扱いをすることへの罰則が同法になく、企業などに対する抑止効果が乏しいことがあると指摘される。このため法律を所管する消費者庁は法改正に向け、有識者検討会を設置。先月、報告書がまとめられた。

これを受けた改正案の柱となるのが、通報者を解雇や懲戒処分にした事業者と個人に刑事罰を科す規定の新設だ。通報者保護に関する事業者側の意識を高め、同法の実効性向上が期待されるが、奥山氏は「違法でありながら、その対象からこぼれ落ちてしまう『不利益な取り扱い』が出てくる」と懸念する。

奥山氏は、実際の運用では確実に有罪となるケースだけが起訴されるだろうと指摘。事業者側が「通報内容に真実相当性がない」と過失で誤認した場合などは罰則の対象外となるため、刑事事件になりづらいこうしたケースも「違法となり得ることを明確にする条文を加えるべきだ」と話す。

〝犯人捜し〟を禁止

兵庫の問題では、告発の対象となった斎藤氏自身が告発文書を公益通報にはあたらないと判断。告発者の処分に踏み切ったが、その後、県の窓口が公益通報と扱った上で調査結果を公表した。

告発が公益通報にあたるか否かや、内容の真偽の調査は客観的に行われるべきだと指摘され、消費者庁の検討会でも「事業者が勝手に調査し、公益通報の要件を満たさないという対応があってはならない」との意見があった。だが報告書では提案に至らず、改正案では事業者による恣意(しい)的判断を防ぐ具体的な条文は盛り込まれない見通しだ。

淑徳大の日野勝吾教授は「必要な調査を適切に実施することなどを保護法に明文化すべきだ」と指摘する。ただ、内部告発にはさまざまなケースがあり、それらを細かく想定して条文化するのは難しい面もあり「仮に明文化できないとしても、消費者庁はガイドラインなどで(告発への対応のあり方を)具体的に示す必要がある」と提言する。

一方、改正案では正当な理由なく公益通報者を特定する行為を禁止する。これまでは指針で禁じるにとどまっていたため、日野氏は「法律に盛り込むことは明確に犯人捜しを禁ずることになり前進だ」と評価しつつ「一定の抑止力にはなるが、消費者庁の執行体制をさらに強化しなければ実効性は不透明ではないか」という。

法改正を巡る議論では、不利益な取り扱いに配置転換を含めるべきとの意見も出たが、一定頻度で人事異動が行われる日本企業の慣行などを踏まえ、対象外となった。しかし、配置転換による報復を受けたと感じる通報者も多い。日野氏は「国は通報者の意欲が減退しないような仕組みを整えていくべきだ」と話している。

不利益扱いに賠償命令も

公益通報は組織の不正や疑惑を世に問い、ただす端緒となり得る。一方で過去には、公益通報者保護法に基づき守られるべき内部通報者が、所属する組織から不利益扱いを受けるなどしたケースも少なくない。法改正に際しては通報者保護という大前提を担保できるかが問われそうだ。

精密機器メーカー「オリンパス」で平成19年、上司が取引先従業員を引き抜こうとしていることを知った社員は、取引先からの機密情報流出により「信頼を損なう」として内部窓口に通報した。

しかし担当者がこの上司に通報者や通報内容を漏洩(ろうえい)し、社員は望まない配置転換を命じられ、外部との自由な接触を禁じられるなどした。

社員は配転先で働く義務がないことの確認と損害賠償を求めて同社や上司を提訴。1審で請求は棄却されたが、2審判決は配転命令取り消しや賠償を命じ、最高裁で逆転勝訴が確定した。

ビッグモーター(当時)では、従業員が社長に保険金の不正請求をLINEで訴えたが、社内での自浄作用は働かず、令和5年の問題発覚後にまとめられた外部弁護士による調査報告書で、内部告発を「もみ消したと言わざるを得ない」と指摘された。

不利益扱いが疑われる事例は自治体でもある。和歌山市の当時20代の男性職員は、勤務先の児童館で不正な補助金申請を指示され、通報後の2年に自殺した。

男性の通報で懲戒処分を受けた職員が、通報後に男性と同じフロアで勤務していたといい、遺族は「報復人事だ」と主張。市は昨年7月から外部有識者らによる審査会で、対応が適切だったか検証している。

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