大雨での洪水時に田畑に水を逃して一時的にためておく区域に今年7月、奈良県内の農地2カ所が全国で初めて指定された。国はこれまで洪水対策として、ダム建設などハード事業を中心に進めてきたが、近年は気候変動により激甚化した災害が整備ペースを上回る勢いで発生。国土交通省はさらなる対策強化に向け、民間や自治体の土地の協力も得ていく考えで、奈良の先例を全国に波及させたい考えだ。
奈良県は7月、同県の奈良盆地から大阪・河内平野を通り大阪湾に流れ込む大和川の中流にある川西町と田原本町の農地など計約15ヘクタールを、大雨時に水をためることで浸水被害の抑制効果がある「貯留機能保全区域」に初指定した。
奈良盆地の各地域から150を超える支川が流れ込む大和川では、過去の大雨でもたびたび洪水が発生。昭和57年8月の洪水では奈良県と下流の大阪府で約2万世帯が浸水し、平成に入っても1千世帯以上が浸水した。
国交省近畿地方整備局の対策工事で被害は年々減少してきたが、上中流部の川幅を広げると雨水が一気に下流に流れ込み、下流の河内平野で洪水の発生や橋の水没が懸念されるジレンマが続いてきた。さらに近年の気候変動による大雨の頻発・激甚化もあり、近畿地整や県は上中流部で一時的に水をためる方策を立て、関係自治体と調整を進めてきた。
今後、区域内で盛り土などを行う際には届け出が必要となる一方、3年間は固定資産税が軽減される。奈良県の山下真知事は「ハード事業は時間も費用もかかる。地元住民の協力を得て、官民一体で河川の氾濫防止に努めるのが制度の意義だ」と説明した。
国も全国への波及を期待する。水害の激甚化に対応しようと国交省は令和3年、「特定都市河川浸水被害対策法」を改正し、新たに250超の河川を浸水対策を強化する「特定都市河川」に追加指定した。今後、奈良の事例も参考に他の特定都市河川でも水害対策計画の策定と区域指定を促す方針だ。
課題は住民や地権者との合意形成だ。区域内での開発が一定制限されることは、農家が将来にわたる農業継続を求められる形となる。固定資産税は軽減されるが、軽減割合は3分の1~6分の1で恩恵は限定的だ。田原本町の高江啓史町長は、指定を喜ぶ一方で「(区域住民への)インセンティブがもっとあってもいいのではないか」と指摘し、さらなる支援策を求めた。
合意形成の難しさは他の自治体でも同じだ。福島県郡山市は、特定都市河川の流域で区域の指定を検討するが、具体的計画は白紙だ。河川の流域は市街地に近く、今後の土地開発を考えている地権者もいるとみられ、大半が農地だった奈良のケースとは異なる。担当者は「まだ相談段階にも至っていない」と話す。愛媛県も区域指定を検討するが、住民らのメリットが限定的であることに気をもむ。担当者は「メリットに対する感触を聞きながらの話し合いになる」と話した。
国交省でも5年度、区域内にある用水路の土砂掘削などの環境整備を事業に追加するなどし、さらなる協力を促している。同省は「土地所有者だけに負担が偏らないようにし、指定を促進していきたい」としている。(秋山紀浩)