朝晴れエッセーの11月月間賞に、大前慶治さん(79)=兵庫県西宮市=の「朝刊の日付」が選ばれた。毎朝、妻と朝刊を共有してきた筆者。妻が家からいなくなり一人で同じ習慣を生きる孤独感を、独創的な表現力と巧みな構成力でみせた。選考委員は作家の玉岡かおるさんと門井慶喜さん、岸本佳子・産経新聞大阪本社編集長。
岸本 今回は評価がばらけましたね。門井先生が◎、玉岡先生が△の「朝刊の日付」から議論しましょうか。
門井 これはかなりいい作品。新聞をエッセーの小道具としてうまく使っています。警抜なのは3段落目。「自分のまわりの空気が動かないのを感じ、空気の中を歩いているのだと思い知らされました」。空気という言葉を、冷たくてよそよそしいものとして使っているのが、非常に独特で効果的。ラストの一文もたいへんきれいで切ない。もっと言いたいことはありますが、まずはここまでにします。
玉岡 最後の一文は本当に胸に迫りますね。あと、ですます調が効いています。文章がやわらかいというだけではなく、一人でいることの寂しさや、奥さんに話しかけたいという思いがにじんでいます。
岸本 作品の雰囲気に合っていますね。玉岡先生の◎は「渋柿」です。
玉岡 季節感を楽しめるのは、朝晴れエッセーの醍醐味の一つ。私も渋柿を口にしたことがありますが、「激震が走った」という表現は、まさにその通りでうまい。柿の木を景色として眺める人間界と、野生の生き物の世界のコントラストがいいと思いました。
岸本 なるほど。私の◎は「膝は痛いが」。人生の節目の年齢を、階段の段数で表す。そういうふうに考えれば、階段を使うのも楽しい。暮らしの中の小さな気づきで自分を励ます筆者の心の営みが印象に残りました。ラストの「(頑張るぞ)」はないほうが良かったかな…。
門井 ラストに課題はありますが、年齢に階段の段数を当てるというアイデアがとにかくいいです。
玉岡 今回は筆者の暮らしぶりに励まされる作品が多いですね。自分の暮らしと照らし合わせて、頑張ろうと思わせてくれます。
岸本 「ガンバレ、飛行機!」も、描かれている出来事はささやかながら心に残る作品でした。航空会社の株を少し買っている筆者が、飛んでいく飛行機を眺めながら「一部が自分のものだ」と思うところが、ちょっと生々しくて、おかしみを感じました。
玉岡 「私のパワー充電」も飛行機が題材。秋が深まって、空を見る季節になったからでしょうかね。元気を出すために関西国際空港の対岸の公園から飛行機を眺める筆者の視点に、心を重ねることができました。「日記」は、笑いをそそられながらもすがすがしくって。
岸本 日記を書こうと思い立ってノートを開いたら、既に2年前に2ページだけ日記をつづっていた。何ということはない出来事ですが、私を含めて、同じような体験をした人は多いのではないでしょうか。
門井 「寒菊のように」は、精妙な日本語の世界を描かれたことを評価しました。亡くなった祖母や伯父のイメージを、「寒菊」という言葉でまとめている。ここで、読み手はどんな花かを知る必要はない。これは日本語の美しさでしょうね。植物の名前は漢字で書くか、カタカナで書くか迷いますが、この作品でカタカナだと台無しです。
岸本 確かに、印象がすっかり変わりますね。…さて、月間賞をどうするか、悩ましいところです。門井先生は、「朝刊の日付」のお話にまだ続きがあるとのことでしたが。
門井 さらに推しますよ(笑)。なぜこの作品にこれほどの寂しさを感じるのか。理由は「朝刊」にあります。この作品において、朝刊は家の外で起こっていること全ての象徴。外は社会的にも国際的にも騒々しいということが暗示されている。だから、家の中がより寂しい。ここまでの孤独感を出せることに感銘を受けました。
玉岡 なるほど! いい作品だとは思っていましたが、そう言われると、ますますいい作品。
岸本 確かに朝刊は地域や国、世界の騒々しい日々を詰め込んだ物ですね。作っている側なのに、改めて気づかされました。
門井 孤独を表すのに、孤独だけを描いても読者に響かない。対比でもって想像させることが重要です。文章構成の技術を見れば、全くの無意識で書かれたものではないはずです。
玉岡 介護を経験した者として、つい奥さんの状況がいま一つ分からないことに引っかかってしまって…。思い込みをもって読んでは駄目ですね。
岸本 私も新聞が登場すると、ひいきしないようにと思って一歩引いてしまうので…反省です。私は門井先生の推薦理由の引力に引き寄せられていますが、玉岡先生はいかがでしょう。
玉岡 今回は、私もです。
岸本 では、月間賞は「朝刊の日付」にいたしましょう。