江戸時代の大坂の風景を100枚の浮世絵に切り取った名所絵「浪花百景」。その魅力を通じて大坂の豊かな文化を伝えようと、フランス人研究者が母国で出版した原寸復刻版が現地で話題を呼んでいる。19世紀後半に流行したジャポニスム(日本趣味)を背景に「和」へのまなざし熱いフランスには、クリスマスに美術書などの書籍を贈る文化があり、近世大坂の情景がフランスのクリスマスに彩りを添えるかもしれない。
復刻版「浪花百景-19世紀の大坂」を刊行したのは京都在住の日本美術研究者で、フランス国立極東学院教授のクリストフ・マルケさん(59)だ。
芝居小屋が並ぶ道頓堀のにぎわい、桜が見頃を迎えた四天王寺、野中観音の桃畑などを色彩豊かに留める浪花百景。マルケさんは「後の戦災などで失われた名所や風俗を忠実に反映した貴重な美術作品」として注目、パリの国立美術史研究所図書館が所蔵する完全版をもとに10月、母国で原寸復刻版として出版した。
オールカラーで自身の最新の研究成果を盛り込んだ解説を付け、当時の地図やエッセーも収録した。定価は39ユーロ(約6千円)。初版で4千部を発行したが、売れ行きは上々だという。
マルケさんによると、19世紀後半、日本の美術や工芸作品が欧州の芸術家らの心をとらえたジャポニスムの影響もあり、フランスでは今でも日本の浮世絵への関心が高い。中でも葛飾北斎の「富嶽三十六景」や歌川広重の「東海道五十三次」など、江戸の浮世絵は高い人気を誇る。
一方で大坂の浮世絵は知名度が低い。「商工業都市の側面が強調され、美術とは縁遠いイメージがフランス人の中にもある」とマルケさん。「復刻版の『浪花百景』は、逆に新鮮な魅力でフランス人に受け入れられていると思う」と分析する。
大坂は江戸、京都と並ぶ「三都」として名をはせた。マルケさんは「古い歴史を持ち、豊かな文化を誇った大坂を『浪花百景』を通じてアピールしたい」と考え、復刻版の表紙に川沿いの美しい桜並木と当時最新の建物を描いた「堀川備前陣家」を採用、中表紙には「天下の台所」とうたわれた大坂らしい米市場のざわめきが伝わる「堂じま米市」を載せた。
11月、マルケさんがパリで出版記念講演を行うと、日本の美術に関心のある人たちから質問が相次いだ。「当時の大坂はどんな町だったのか、また、幕末の出版流通の仕組みについてなど、かなり細かな質問があり反響の大きさを感じた」と振り返る。
フランスでは、クリスマスプレゼントに書籍を贈る文化があり、それを見込んで美術書は秋に刊行されることが多いという。マルケさんは「クリスマス前に完売もあり得るかも」と期待を寄せている。(横山由紀子)
浪花百景
江戸期の大坂の風景や祭礼を描いた100枚の浮世絵版画。歌川国員、中井芳瀧、森芳雪ら大坂の絵師3人が描き船場の板元、石川屋和助から幕末に刊行された。目録付きの計102枚の完全版は日本や仏、伊、米国の博物館などが所蔵。完全版を所蔵する大阪市立図書館のデジタルアーカイブ(http://image.oml.city.osaka.lg.jp/archive/)でも見ることができる。