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若手研究者は「まるで個人商店」負担となる研究費調達、元教授陣が支援 阪大の試みに期待

産経ニュース 2025年1月5日 20時5分

多くの研究者が外部資金を獲得して実績づくりを目指す中、大阪大が運用を始めたユニークな制度が若手研究者に好評だ。退職した元教授陣が「コンシェルジュ(総合世話係)」となって外部機関に提出する書類作成などを支援し、若手が研究に割く時間を確保する取り組みという。制度の導入後、外部資金の採択数が2・75倍に増加するなど効果を生んでいる。

阪大大学院工学研究科が令和5年から実施するのが「研究コンシェルジュ」制度。導入の背景には、同科の教授約130人のうち40代がほぼ2割を占めるなど、比較的若手が多いことがある。

若手の教授らは自身の研究を進める傍ら、研究室の運営や学生の指導などを一手に担う。さらに外部機関から研究費を調達するため、慣れない書類作成にも追われ、負担は決して小さくない。

そのため、大学側が目を付けたのが退職した元教授らだ。任期付きの「特任教授」として再雇用し、先輩研究者の立場から外部に提出する書類を添削するほか、研究室の運営や研究計画などについて助言。外部資金の採択率アップを狙うとともに、研究が軌道に乗るまでを手助けする。

研究費獲得にハードル

「研究者の本分は研究のはずが、今や研究資金の確保から研究室の運営まで担っている。まるで個人商店だ」。阪大で半導体の研究に長年従事し、コンシェルジュ第1号として再雇用された谷口研二特任教授は、若手を巡る現状をそう語る。

全国の国立大が平成16年、国の組織から独立した国立大学法人となって以来、研究費を取り巻く環境は厳しさを増している。研究や教育に使う国からの「運営費交付金」は右肩下がりで減り、国の外郭団体など外部機関が公募する「競争的資金」に頼らざるを得ないという。

ただ、外部からの資金獲得にはハードルがある。例えば、文部科学省が所管する日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研費)は、研究の背景や社会的意義、計画をまとめた申請書類を提出し、審査員を納得させる必要がある。書類の書き方には「コツがある」とされ、採択率は20~30%程度にとどまるのが現状だ。

客観的助言「ありがたい」

そこで、コンシェルジュの出番となる。科研費の審査員を務めた経験もある谷口氏は、制度導入直後の令和5年、科研費の申請を控えた工学研究科の舘林(たてばやし)潤准教授(48)に書類の表現や内容などを助言した。

《研究内容が過多な印象》《高度な技術を使う材料を作製するメリットを(審査員に)理解してもらう必要がある》。舘林氏と面談しながら添削し、申請は無事に採択された。舘林氏は「申請が2~3年通らず悩んでいた。客観的な助言をもらえ、とてもありがたかった」と振り返る。

工学研究科によると、制度導入後の6年の科研費の採択数は、前年の2・75倍に急上昇。昨年にはコンシェルジュ1人を新たに採用した。

谷口氏は「外部から研究費を得ようとすると、おのずと雑用時間が増える。少しでも経験が役に立てば」と話した。

組織運営や資金獲得に忙殺され…

科学分野を中心に日本人のノーベル賞受賞が近年相次ぐ中、日本の研究者が自身の研究に集中できる環境になく、研究力低下につながると懸念されている。平成16年の国立大の独立行政法人化で国からの運営費交付金が削減され、各研究者が組織運営や外部資金獲得などに忙殺されていることも要因に挙がる。

文部科学省の調査によると、国立大教員の職務時間に占める研究時間の割合は、法人化前の14年度は50・7%だった。ところが、法人化から10年超を経た30年度には40・1%まで減少した。

文科省が別に実施した教員の意識調査によると、研究時間を制約する要因で最多は「組織運営のための会議・作業」で77%。「研究費獲得のための申請書類作成」も59%に上った。事務作業や後進育成に加え、資金獲得の手続きも重くのしかかり、研究時間が削られて論文作成などに影響が出ているとの声もある。

法人化に伴う財政状況の悪化や研究力低下の懸念を受け、文科省は昨年7月、国立大の機能強化に向けた検討会を設置し、議論を続けている。

研究費不足が常態化

日本の科学技術分野での研究力低下に歯止めをかけようと、研究者らも声を上げ始めている。昨年9月には、主な研究資金となる科学研究費助成事業(科研費)の予算増額を求める要望書を国に提出。物価高などの影響で科研費が実質的に目減りしていると訴える。

要望書は、研究者延べ約220万人が所属する学会連合などの連名で、一般からも3万6千筆以上の署名が集まった。呼びかけた生物科学学会連合(東原和成代表)は、学会などがまとまって要望書を出すのは初めてとし、背景に研究費不足の常態化があると明かす。

国立大への運営費交付金の減額傾向が続く中、研究費の資源は科研費に集中する。ただ、科研費自体の予算は毎年2400億円程度と頭打ちの状態で、要望書は「国際競争力を発揮することがもはやできない状況に直面している」と強調。その上で、物価高や出版費用の高騰なども考慮すれば4800億円以上の予算が必要と増額を求める。

同学会は「軌道に乗った研究はすでに育った木のようなもの。それに水をやるだけでは次世代が育たず、イノベーション(革新)につながる研究の種は生まれない。研究者自身から発信することが重要」としている。(小川恵理子、楠城泰介)

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