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キレのある淡麗辛口 3つの伏流水が生んだ奇跡のブレンド 兵庫・灘の「宮水」 西日本の水

産経ニュース 2024年8月10日 10時0分

兵庫県の西宮市今津から神戸市東部にかけての「灘」と呼ばれる大阪湾沿岸地帯は、国内有数の酒どころ。その灘の酒蔵の多くが酒造りに使っているのが「宮水(みやみず)」だ。西宮の水、略して宮水。海岸に近いわずかな地域に湧き出るこの水は、3つの伏流水が絶妙にブレンドされた奇跡の水で、これなくしてキレのある灘の酒は生まれないのだという。

西宮に名水

阪神西宮駅から南へ約500メートル。今も多くの酒蔵が残っているエリアの一角に「宮水発祥之地」と刻まれた細長い石碑が建つ。ここは「梅ノ木井戸」と呼ばれた井戸があった場所で、石碑の近くにある石鉢には、こんこんと水が湧き出ている。灘の酒造りに欠かせない名水・宮水である。

宮水は、老舗の蔵元・櫻正宗の6代目当主、山邑(やまむら)太左衛門(たざえもん)が江戸時代後期、天保年間の1840年ごろに見つけたと伝わる。西宮市商工課の都市ブランド発信担当、宮西賢司さんは「櫻正宗では当時、西宮と魚崎(神戸市東灘区)で酒を造っていましたが、同じ米を使って同じ製法で造っているのに西宮の方が出来がよいことに、太左衛門は気づいたんです」と説明する。

太左衛門が西宮の水を魚崎へ運んで酒を仕込んだところ、西宮と同様の良質の酒ができ、宮水の優位性が確認されたという。

宮水の発見により、酒の品質は向上して名声は一層高まり、灘の酒蔵はこぞって宮水を仕込み水に使うように。石碑周辺の一帯には、現在も「日本盛」「白鹿」「菊正宗」「大関」「沢の鶴」など灘の名門酒蔵が持つ井戸がある。

鉄分少なめ

宮水が湧き出るのは、西宮市の海岸から約1キロ山側の約500メートル四方のごく限られた地域だけ。宮水は他の地域の湧き水よりリン、カリウム、カルシウムなどのミネラルを多く含んだ硬水で、塩分も適度に含む。その一方で、鉄分が極めて少ないのが特徴だ。

宮西さんによると、麹の養分となるリンやカリウムなどは発酵の速度を速める働きがあり、「辛口でしっかりとした押味の酒に仕上がります」。淡麗でキレがよい灘の酒は「男酒(おとこざげ)」と呼ばれる。

鉄分は酒の香りや色を損ない、劣化を早めるが、鉄分が少ない宮水を使った灘の酒は風味がよく、長期保存がきく。「普通の水で造った酒は夏場をすぎると味が落ち、『秋落ち』といわれますが、灘の酒は逆で、秋になると味が冴え、『秋晴れ』といわれます」と宮西さん。

硬水である宮水は「ミネラルウオーターなど飲み水には向いていない」というから、酒造りのためだけに天が与えた水といえる。

3つの伏流水

絶妙な成分含有量の宮水は、どのようにもたらされているのか。宮西さんによると、「3つの伏流水がブレンドされてできている」という。

かつて海だった地層を流れる「法安寺伏流」と「札場筋(ふだばすじ)伏流」は、海の恵みであるカリウムやリン、塩分などを多く含む。一方、夙川を起源とする「戎(えびす)伏流」は、六甲山の急傾斜で流れが速いため酸素を多く含み、水中の鉄分と結合して酸化鉄として沈殿させて除去する。この3つの伏流水が合流することで、ミネラルが豊富で鉄分が少ないという酒造りに適した水ができるわけだ。

「偶然の産物で、自然の奇跡としか言いようがありません」と宮西さん。かつて、酒造会社などが人工的に宮水と同じ成分の水を作ろうと試みたことがあったが、うまくいかず、コスト面でも見合わなかったことから断念したという。

西宮市では、この「奇跡の水」を守るため、平成30年4月に「宮水保全条例」を施行。宮水に影響を及ぼす可能性のあるマンション建設など開発事業について、事前申請や市との協議などを義務付けた。

地下水は環境の変化の影響を受けやすく、一度バランスを崩してしまうと元に戻すのは困難だ。宮西さんは「宮水は西宮の宝。後世に伝えていくためにも、酒蔵イベントなどを通じて宮水のことを多くの人に知ってもらう取り組みを続けます」と語った。(古野英明)

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