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脱サラではなく〝卒サラ〟割烹着でおもてなし まちかど人間録

産経ニュース 2024年7月7日 11時0分

大阪メトロ本町駅に直結する地下グルメ街。その一角にある家庭料理居酒屋「喜りん」(大阪市中央区)の女将(おかみ)、本田喜代子さん(64)=同市=は会社員から転身を果たした。それも脱サラではなく、〝卒サラ〟。定年まで勤め上げ、退職金を軍資金にして63歳で飲食店を開業。先月1周年を迎えた。

「いらっしゃいませ」。のれんの奥から割烹(かっぽう)着姿の本人が現れた。身長172センチの長身。「バレーかバスケをしていましたか、と千回くらいは聞かれましたよ。でもしてないんですよ」と笑いを誘う。店名の意味を理解した。

人気メニューは旬の食材を使った前菜の盛り合わせ(1200円)。この時期はイチジクの白あえ、もずくと長イモの酢の物などの酒のつまみを日替わりでそろえる。「6~7品」との記載があるが、「つい8品くらい盛りつけてしまう」と良心的だ。

初めは同僚や先輩たちが通ってきた。「この頃は近隣の企業やリピーターさんが増えました」と顔をほころばせる。

短大卒業後にエネルギー会社に入社。大阪市内の工場勤務から7回の転勤を経たという。

同市内の実家は鉄関係の自営業を営んでいた。忙しい両親に代わって小学生時分から姉と2人、食事作りが日課。「全然、苦じゃなかった」と振り返る。関心が高まり、中学生で料理教室に通い、高校の時は調理師学校の1日体験にも参加した。結局は一般職の仕事を選んだが、家庭では料理の腕を振るったという。

「子供の友だちや同僚を招いてホームパーティーを開くのが大好き。息子の少年野球時代は〝差し入れおばさん〟としても活躍したんですよ」

知人が営む1日1組の自宅レストランなどに刺激を受け、ぼんやりと開業を考え出したのは50歳の時。令和元年末の退職時、出店の意思を固めていたという。

しかし、コロナ禍で計画は頓挫。未経験の個人は信用を得られにくく、物件探しも難航したという。だが、決心は固く、飲食店応援企画で出店を疑似体験するテレビ番組にも出演。和装の挑戦者は珍しく、視聴者の記憶に残り、物件探しや集客にも役立った。

試練を乗り越えて夢をかなえた今、飲食店は体力勝負という。体の疲労は予想以上だった。店近くのホテル住まいを経て、借家暮らし。「自宅でもうちょっと人間らしい暮らしができたら…目が覚めるまで寝続けたい」と弱音も吐く。それでもくじけず、頑張れるのは「多くの人の支えと根拠のない自信ですかね」。

70歳まで店を続けるのが目標。持続可能な店づくりに取り組んでいる。

(北村博子)

ほんだ・きよこ 会社の同僚だった夫と2人の息子の4人家族。時間と体力に余裕がなく、自宅を離れ、大阪に単身赴任中。休日は食べ歩きなどを楽しむ。「忘れ物魔」と話すが、ほぼ100%返ってくるため、「ブーメラン喜代子」と呼ばれているという。

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