米大統領選では、現状に不満を持つ庶民層の支持を得てトランプ前大統領(78)が圧勝した。トランプ氏の主張は明快かつ痛快で、それが人気の源泉でもあるが、次期政権の運営を巡る危うさも指摘されている。その一つは、トランプ氏が自身への忠誠心を尺度に政権人事を進めそうなことだ。反エスタブリッシュメント(既得権益層)を掲げるトランプ氏は官僚機構への敵対心も隠していない。
トランプ氏の支持者たちが米首都ワシントンの連邦議会を襲った2021年1月6日。共和党のトランプ大統領(当時)はホワイトハウス内にあるテレビでその狼藉を眺めていた。
この日は、トランプ氏が敗れた前年11月の大統領選の結果を最終確定させる上下両院合同会議の開催日だった。群衆は、その進行役だったペンス副大統領(同)を「裏切者」と呼び「絞首刑にしろ!」と叫んだ。ペンス氏が、その場で選挙結果を一方的に覆せと迫るトランプ氏の要求を拒んだためだ。
このままではペンス氏の命が危ない。懸念するスタッフにトランプ氏は「so what(だから何だ)?」と言った。
議会襲撃事件の捜査を指揮するスミス特別検察官が、裁判所に提出した資料に記されているやりとりである。ペンス氏は後に「合衆国憲法よりも個人の利益が優先されるべきではない」とトランプ氏に従わなかった理由を語った。
ポンペオ元国務長官、ヘイリー元国連大使は「起用せず」
あれから4年弱。今月5日の大統領選で当選したトランプ氏は人事の基準に、自分への「個人的忠誠心」を置く。
第1次政権(2017~21年)で中央情報局(CIA)長官や国務長官を歴任したマイク・ポンペオ氏、国連大使を務めたニッキー・ヘイリー氏を「次期政権では起用しない」。こう断言した9日の交流サイト(SNS)の投稿にも、忠誠心を何より重んじる考えがにじみ出ていた。
ヘイリー氏は共和党の候補者指名争いで「次代のホープ」として党内の穏健層から一定の支持を得た。ポンペオ氏は、退任後も落選を否定し続けたトランプ氏と距離を置いた。
第1次政権では、トランプ氏が気まぐれで重大な決断を下さないよう、周囲が巧みにサボタージュして混乱や危機を回避していた。このことは、米紙ワシントン・ポストの名物記者、ボブ・ウッドワード氏が政権の内幕を描いた18年の著書『FEAR』(邦題・恐怖の男)などから知られている。
だが、より忠実な信奉者に固められた2期目でそうした「安全弁」は働くだろうか。
第1次政権を中枢で支えたジョン・ボルトン大統領補佐官やマット・ポッティンジャー副補佐官らはトランプ氏から離れた。トランプ氏の首席補佐官を務めたジョン・ケリー氏は米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)のインタビューで「ファシストの定義に当てはまる」とトランプ氏を批判した。
「選挙向けのポーズ」という見方も
忠誠心を重視するトランプ氏は同時に、政敵への強烈な「復讐心」を隠していない。選挙戦では、民主党のバイデン大統領やその家族、ハリス副大統領、選挙戦で敵対した共和党の反トランプ派らを「犯罪者」「反逆者」だとし、「訴追する」などと語った。
自身の起訴に関わった検事や元側近、民事訴訟でトランプ氏側に不利な判決を下した判事らへの報復も公言している。
共和党内には、こうした発言は「選挙向けのポーズにすぎず、実際には現実路線に落ち着く」とみる向きもある。だが、過激な発言が憎悪や不信を広げ、社会の分断をいっそう深めてしまったことは確かだ。
トランプ氏の一連の言説の核となっているのは、政治家やエリート官僚などからなる「ディープステート(闇の政府)」が米国を牛耳っているとする主張だ。彼らが推進したグローバル化や気候変動対策などが米国の衰退を招いたとし、「根絶」を訴える。
そのためにトランプ氏は、連邦政府の政治任用ポストを信奉者で固めるだけでなく、官僚組織に対しても数万人規模の粛清人事を行うと主張している。選挙戦では「国家安全保障関連の部署や情報機関から腐敗分子を一掃する」ことなど10項目の計画を発表した。
第1次政権でトランプ氏のスピーチライターや上級顧問を務めた腹心、スティーブン・ミラー氏らが権力機構再編の計画を練っているとされる。11日、米メディアは、トランプ氏が政策全般を統括する政策担当次席補佐官にミラー氏を起用する方針だと伝えた。
トランプ次期政権の足元がどれだけ盤石なものとなるのかを、世界が注視している。
(ワシントン 大内清)=おわり