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ユキヒョウが住むカシミール ヒマラヤの紛争地でたくましく生きる野生に保護の手 世界行動学

産経ニュース 2024年8月28日 7時0分

カシミールといえば何を思い出すだろう。毛織物のパシュミナ、ヒマラヤの風光明媚(めいび)、あるいは中国、インド、パキスタンの国境紛争といったところか。実は、ほかにも意外な顔がある。それは、野生のユキヒョウの生息地だということだ。

インドで初の本格調査

ユキヒョウは、大型ネコ科動物で、これら3カ国を含む12カ国の高山帯などに約4千~6500頭が生息する絶滅危惧種だ。インド政府は今年1月、ユキヒョウに関する初の本格的な国内全土での生息調査報告書を発表した。

インドの生息数は推定718頭で、このうち7割近い477頭がカシミール地方インド支配地域の一つラダックに集中していた。

「世界自然保護基金(WWF)ジャパン」によると、ラダックで生息が脅かされている要因は気候変動による環境の変化をはじめ、生息地の消失、獲物となる動物の減少、人間による駆除、密猟があるという。そんなユキヒョウを守るため、WWFインドと同ジャパンは数年前、保全プロジェクトに乗り出した。

負の連鎖を断ち切れ

目標は人間との軋轢(あつれき)による悪循環を減らすことにある。パシュミナを生産するためのパシュミナヤギやヒツジといった家畜の放牧が増え過ぎると、草原が劣化する。これにより、家畜と野生草食動物の競合が激しくなり、ユキヒョウの獲物であるウシの仲間のバーラルやウリアルが減少。ユキヒョウは家畜を襲うようになり、人間の駆除に遭う。すると、家畜の過放牧がさらに深刻化し、ユキヒョウはますます減っていく。こうした負の流れを食い止めようというのだ。

このために取り組んでいるのが、住民に過放牧にならないよう放牧地の適正利用を理解してもらうことに加え、人間とユキヒョウの衝突の機会を減らす活動だ。住民に過放牧が持続可能な放牧地利用につながらないことを知ってもらい、家畜の防御柵を試験導入したり、環境と野生動物の保護・調査に携わる若者を育成する「マウンテン・ガーディアン」計画を始めたりしている。

しかし、こうした取り組みには、中印、パキスタンという核武装する3つの国が領有権を争うカシミール地方の中にある紛争地ならではの苦労もあるという。

紛争地ならではの苦労も

現地での活動を支援してきたWWFジャパンの若尾慶子さんは「調査のためだといっても、立ち入りを制限されてしまうことがある。手続きにも手間がかかる」と話す。ある村では入り口の検問所で止められ、「交渉の末にようやく入村が認められた」と振り返る。

ラダックでは2020年、中印の実効支配線付近で両国軍が衝突し、双方に死者が出る事態も起きた。以来、両国の緊張関係は一層高まっている。カシミール地方の別の地域では、印パ両軍のにらみ合いが続いている。

筆者はかつてカシミール地方を取材し、ヒマラヤの軍事的緊張を目の当たりにした。治安が不安定で厳しい自然に囲まれたこの地域で、野生生物保護が地道に行われている。

(インド太平洋特派員 岩田智雄)

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