中国のチベット自治区で今月7日、マグニチュード(M)6・8の大きな地震が起きた。死者は120人以上で、その後も余震が続いている。寒さが身に染みる同じ1月に、阪神大震災や能登半島地震を経験した日本人にも被害を痛ましく思う人がいるだろう。
ヒマラヤ山脈を挟んで南側のネパールでは、今回それほどの被害はなかったものの、一帯は地震が多発する地域だ。約10年前にはM7・8の大地震がネパールを襲い周辺国を含め9千人以上の死者を出した。
当時、現地取材した筆者は、首都カトマンズで歴史的建造物を含め建物がいくつも倒れているのを目の当たりにした。中国国境に近いコダリという町を訪れると、崩れ落ちた巨大な岩が建物を破壊していた。カトマンズとの間の道路を車で移動すると、斜面の上から小石がパラパラと落ちてきて肝を冷やした。
そんな地域に、ネパールと中国両政府が鉄道を開通させるという壮大な計画がある。中国のチベット側には、世界で最も標高の高いところにあるといわれる鉄道があり、そこからヒマラヤの国境をまたいでカトマンズに至る鉄路を建設する。大半はトンネルになるとの報道もある。
計画は毛沢東の時代からあるといい、ネパールは中国に建設の実現を要望してきた。中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の事業にも位置づけられている。
ただし、ネパールに最も影響を与えてきた国は南のインドだ。既に両国は鉄道で結ばれている。ネパールは物流や経済でインドに依存しており、大国による力のバランスを取るため北の中国に接近してきた。
昨年、首相に就任した統一共産党(UML)党首のオリ氏は12月、慣例を破って、就任後初の外遊先にインドではなく中国を選び習近平国家主席と会談した。共同声明には一帯一路での協力や、国境鉄道の実現可能性調査を着実に進めることなどが盛り込まれた。
ネパールのパウディヤル元中国大使は中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報に「鉄道プロジェクトは貿易だけでなく観光も支えるだろう」「この開発構想を地政学的な問題にしようとするいかなる試みも拒否する」と強調した。
ただ、地震が多発するヒマラヤ周辺に鉄道を通すとなれば、巨額の費用が必要だ。ネパール側は中国からカネを借りるしかなさそうだが、中国はこのところ、一帯一路事業の乱発で複数国からの融資回収に支障をきたしている。「債務の罠(わな)」にはまったスリランカはデフォルト(債務不履行)に陥る事態になった。不動産不況など国内経済問題への対策に追われる中国が実際に、採算性不明の鉄道事業に本腰を入れるかどうかは見通せない。
一方、中国と領土問題で対立するインドには、鉄道事業への警戒感がある。
デリー大のサンジブ・ランジャン助教授は「ネパールはデフォルトに陥れば、中国によるインドへの敵対行為を受け入れることになる。オリ首相は就任後、インドではなくまず中国を訪問することで、既にそうした傾向を明白にしている」と指摘している。
(インド太平洋特派員 岩田智雄)