インドでは結婚の際、妻側が夫側に金品などの財産を持参するダウリと呼ばれる習慣がある。法律では禁止されているものの、社会に根差す悪習がなくなることはなく、持参財が少ないと妻側が夫側からいやがらせを受ける被害が相次ぐ。
ダウリを巡っては、夫側が逆に妻側からいやがらせを受けたと主張するケースも時々起きている。今月、ある男性が被害を訴える告白ビデオをネット上に残して自殺し、物議を醸した。SNS上では、男性を擁護する書き込みが多く、警察も捜査に乗り出した。
この男性はインド南部カルナタカ州ベンガルールの技術者、アトゥル・スバーシュさん(34)。今月9日、SNSに「あなたがこれを読んでいるときには、私は死んでいるだろう。インドでは今、男性に対する法的大虐殺が起きている」との書き込みと、別居中の妻とその親族から嫌がらせを受けたと主張する約80分のビデオを投稿し、自宅で首をつった。
地元テレビ、ニュース18やタイムズ・オブ・インディア紙によると、スバーシュさんは24ページの遺書も残していた。妻が自分に9件の不当な訴訟を起こし、うち1件は告訴自体は後に取り下げられたものの、殺人やダウリに関する嫌がらせ、性行為に関連した内容だったという。
スバーシュさん側は、妻らがスバーシュさんに対して虚偽の事実で訴訟を起こし、和解金として3千万ルピー(約5400万円)、さらにスバーシュさんに息子と会わせる見返りに300万ルピーを要求したと告訴しており、地元警察はまもなく、逃亡中の妻のニキータ・シンハニア容疑者と親族を自殺教唆と恐喝容疑で逮捕した。
一方、妻側はかねて告訴内容を否定。2019年の結婚時、スバーシュさん側が受け取ったダウリに不満を示し、さらに100万ルピーを支払うよう求め、妻は身体的、精神的虐待を受けたと主張している。スバーシュさんは酒に酔って妻を殴り、獣のように扱うようになったといい、妻の父親がダウリ要求により健康状態を悪化させ、亡くなったとしている。
インドでは、ダウリの多寡に対する夫親族側の不満などが原因で、妻が自殺したり殺されたりする事件が相次いで報告されている。政府統計によると22年には約6500人の女性がダウリ関連で死亡した。
今回のように夫が被害を訴え自殺するケースは異例だ。真相究明は警察の捜査次第だが、SNS上ではダウリが妻側に悪用されたと反発する書き込みが多い。地元警察筋によると、妻は逃亡の理由を「メディアの注目とSNSでの非難にさらされ、危険を感じた」と供述しているという。
スバーシュさんがボランティア活動していた男性擁護団体、インド家族保護財団のサミール・ゴエル氏は「ダウリ禁止法は導入時、女性を保護することを目指していた。しかし、女性はより平等になっており、男性も女性からの抑圧に直面しうる。禁止法は法的なゆすりの道具にもなっている」と指摘した。違法なダウリがなくならなければ、夫婦の悲劇も終わらない。
(インド太平洋特派員 岩田智雄)