中国で「空飛ぶクルマ」の開発競争が過熱している。中国政府が無人機(ドローン)の活用と合わせた低空域での経済活動「低空経済」の概念を打ち出し、「新たな成長のエンジン」と位置付けているためだ。各地の地方自治体も今年、次々に関連施策を発表。先進地域である南部・広東省の企業では、実用機の量産と販売の計画が〝見切り発車〟ともいえる早さで進んでいた。
自社製品に自信
「世界で唯一のデザイン。われわれにライバルはいません」
広東省広州市に本社を置く「広東匯天航空航天科技(小鵬匯天)」のブランドマネジャー、陳萍氏は、11月の航空ショーで初の有人飛行を公開した同社の空飛ぶクルマ「陸地航母」について、こう自信を見せた。同社は電気自動車(EV)の新興メーカー「小鵬汽車」が2020年、前身のベンチャー企業を買収して設立した。
陸地航母は、2人乗りの飛行ユニットを6輪車両に載せて運ぶ「分割型」で、多くの従来型と異なり離陸地点まで車で移動できる。操縦は自動と手動の選択式で、航続時間は約20分、航続距離は約20キロ。飛行高度は50~100メートルで、車両に戻れば5回まで再充電できる。それを超えると、車両自体のバッテリーを再充電する必要がある。
搭乗者の免許は協議中
10月に中国で初となる量産工場の建設を開始し、26年上半期の出荷開始を目指す。定価は150万~200万元(約3千万~4千万円)で確定していないものの、既に企業・公共部門から約2千台を受注し、個人向け予約枠200台も完売した。工場の生産能力は年間1万台に達し「世界中の空飛ぶクルマの生産能力を超える」という。
ただ、商用飛行に必要な航空当局による安全性証明「型号合格証(型式証明)」は取得しておらず、搭乗者にどのような免許が必要かも航空当局と「協議中」。大規模な量産工場建設は見切り発車ともいえる。
中国が世界の5割
背景には、国内での激しい競争がありそうだ。中国の航空産業情報サイト「航空産業網」が公表した3月と5月の報告書によると、空飛ぶクルマの一種である電動垂直離着陸機「eVTOL」は、中国での開発機種数が世界の5割を占める。また、中国の無人機とeVTOLの製造企業約250社のうち、地域別では広東省が44社と最も多く、四川省(29社)、北京市(28社)が続く。
同じ広州市の「億航智能」は今年10月、自動運転eVTOLで「世界初」の型式証明を取得し、商用化で先を行く。自動車大手の広州汽車や吉利汽車も、空飛ぶクルマ事業に参入している。
当局の後押しもある。中国政府は今年を「低空経済商業化元年」とし、広東省や広州市はそれぞれ関連の目標を発表。小鵬匯天は今夏、広州市政府系金融機関などから1億5千万ドル(約230億円)の融資を受けた。中国国内の低空経済の市場規模は26年に1兆元(約20兆円)を超すとの推計もある。陳氏は「わが社は個人向けにも販売し、公共部門中心の億航智能とは市場が異なる」と将来の〝住み分け〟の見通しまで語った。(広東省広州 田中靖人)
空飛ぶクルマ 次世代の空の移動手段。「クルマ」は例えで、道路を走る機能はないものが主流。経済産業省は電動化、自動化、垂直離着陸などの運航形態で利便性の高いものを想定する。大型の無人機や小型ヘリのような外見のものが多い。日本では来年の大阪・関西万博での商用運行が見送られ、デモ飛行が予定されている。