ロシアによるウクライナ侵略で、欧米メディアが最近、ウクライナ軍で兵士の脱走問題が深刻化し、戦局の悪化を加速させていると相次いで報じた。ウクライナ軍では30万~35万人が戦闘任務に就いていると推計されてきたが、少なくとも数万人規模の脱走が起きているという。同国のゼレンスキー大統領は11月末、脱走兵の帰還を促す法律に署名したが、効果がどの程度出るかは不透明だ。
脱走者急増で戦況悪化
AP通信は11月29日、露軍との火力差や戦勝への希望の薄れ、部隊交代が行われないことによる疲弊や士気の低下などを背景に、ウクライナ軍内で前線の持ち場を離れたり、治療休暇の取得後に部隊に戻らなかったりする脱走兵が少なくとも数万人に上っていると報じた。軍の内情を知るウクライナ最高会議(議会)議員が「脱走兵は20万人に達する可能性がある」と明かしたとも伝えた。
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)も12月1日、ウクライナ検察当局が今年1~10月に脱走罪で兵士を訴追した件数が6万件に上り、露軍との戦闘が始まった2022年と23年を合わせた件数の約2倍に達していると報道。23年に465平方キロのウクライナ領しか制圧できなかった露軍が今年は2700平方キロを制圧したとし、「脱走者の急増はウクライナにとって厳しい戦況をさらに悪化させている」と指摘した。
初回のみ軍復帰で刑事責任免除の法律も
ウクライナは4月以降、軍への動員に関する一連の法改正を実施。動員可能年齢を27歳から25歳に引き下げるなどし、兵力増強を進めようとした。だが、APは「政府や軍の高官は(制度改正が)ほとんど失敗していると認めている」と指摘。FTも、ウクライナは今後3カ月で16万人を動員する計画だとしつつ、予定通り達成されることに懐疑的な見方を示した。
こうした中、ゼレンスキー氏は11月28日、初めての脱走者に限り、軍に復帰すれば刑事責任を免除し、各種の社会保障なども再開する法律に署名した。ただ、この法律でどこまで脱走者が帰還するかは不透明だ。
バイデン米政権は現在、ウクライナに動員年齢を18歳まで引き下げ、人員不足を補うよう働きかけているとされる。しかし、ウクライナは「足りないのは兵士ではなく兵器と弾薬だ」とし、動員年齢のさらなる引き下げには否定的だ。
国連によると、ウクライナの人口はロシアの侵略後、国外避難や戦闘での犠牲などにより侵略前の4300万人から800万人減少した。ウクライナが動員年齢の引き下げに否定的な背景には、多くの若者が戦死すれば将来的な国家運営が困難になることや、国民の強い反発を招くことへの危惧もあるとみられる。(小野田雄一)