【ソウル=時吉達也】3日深夜に韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が「非常戒厳」を宣布したのに伴い、国会議事堂では銃を携帯した軍人がガラスを破って本会議場の建物に進入、議員らの活動制止を図った。軍部がクーデターを通じて政権を掌握した1980年代をほうふつとさせる事態に、市民らは衝撃を隠せない様子だった。
「常識では考えられず」
一晩のうちに非常戒厳の発表、解除と目まぐるしい展開を見せたソウル・汝矣島(ヨイド)の国会議事堂。本会議場前の階段では4日、正当な手続きを欠いた今回の戒厳は内乱罪にあたるとして、大統領の弾劾罷免や捜査の即時実施を求める抗議集会が開かれた。7歳の娘を連れてデモに参加した主婦、白羅凞(ペク・ラヒ)さん(50)は前夜の報道に接し「映画の中に入ったような不思議な気分だった。常識では考えられないことが起きた」と振り返った。
「大統領として、血を吐く思いで訴える。北朝鮮の共産勢力の脅威から大韓民国を守る」。尹氏が生中継で談話を発表し、非常戒厳を宣言したのは3日午後10時半ごろ。約20分後には警察が国会出入口を閉鎖し、議員の立ち入りを阻んだ。
さらに、武装した230人以上の戒厳軍が、ヘリコプターで国会敷地内に進入。職員らの抵抗に遭った軍人らは窓ガラスを割って建物内に入り、戒厳令解除の議決を進める本会議場を目指した。最大野党「共に民主党」は、戒厳軍が議決阻止に向け、戒厳宣布を「違法」と非難した与野党代表や国会議長を拘束しようとしたことが、監視カメラの映像で確認されたとしている。
「準備不足」に首傾げる
4日午前1時ごろ、戒厳解除を求める決議が出席議員の全会一致で可決されると、戒厳軍はすぐに撤収を開始。午前4時半に尹氏が戒厳解除を発表し、「緊迫の一夜」は幕を閉じた。一連の展開は、交流サイト(SNS)などに投稿された動画を通じ、リアルタイムで世界に発信された。
韓国メディアは非常戒厳が準備不足のまま実施され、国会決議によってわずか「155分」で効力を失ったと報道。事前に一切知らされていなかったという与党幹部は、出演したラジオ番組で大統領の狙いを問われ、「ミステリー」だと言葉少なに語った。
市民の間でも尹氏の真意をいぶかる声が多く聞かれた。与党支持者だというタクシー運転手の男性(74)は「多数を占める野党側がひどく乱暴な国会運営をしているのに、今回の一件で正当化されてしまう」と懸念を示した。ソウル市内の男性会社員(43)は、非常戒厳宣布に伴い証券市場などが乱高下したことを受けて「『錫悦兄ちゃん』は酒を飲みすぎたか、コイン(暗号資産の意)でもうけようとしたとしか思えない」と皮肉った。
一方、日本からの観光客の渡航などで、非常戒厳の影響は見られなかった。4日午後、母親との観光で仁川国際空港に到着した女性会社員(26)は「昨夜は報道を見て少し心配だったが、緊迫した雰囲気は一切ない。気にせず旅行を楽しみたい」と話していた。