【ソウル=桜井紀雄】韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が15日、現職大統領として初めて身柄拘束される要因となった昨年12月の「非常戒厳」宣布は、尹政権が進めてきた対北朝鮮防衛力強化路線が否定されかねない危機をもたらした。尹政権が戒厳を宣布するために緊張状態を作り出そうと、北朝鮮を故意に挑発したとの主張を野党側が展開してきたからだ。野党側はロシアに侵略されるウクライナとの連携にも批判の矛先を向け、尹政権の安保政策が大きく揺らぐ事態となっている。
軍指揮系統に打撃
現在、軍を統帥する立場にあるのが、崔相穆(チェ・サンモク)経済副首相兼企画財政相だ。革新系最大野党「共に民主党」が多数派を占める国会で昨年12月27日、韓悳洙(ハン・ドクス)首相までもが弾劾訴追され、経済官僚出身の崔氏が大統領と首相の権限を代行する非常事態となった。
崔氏は大統領代行に就任した当日、軍制服組トップと電話協議し、北朝鮮の軍事的挑発に備え、警戒態勢を強化するよう指示。今月訪韓したブリンケン米国務長官や岩屋毅外相との会談でも、日米韓安保協力に揺らぎがない点を確認した。
だが、金竜顕(キム・ヨンヒョン)前国防相が戒厳を主導したとして、内乱罪で逮捕・起訴されたほか、対北有事にあたる複数の司令官も相次ぎ逮捕・起訴され、軍の指揮系統は深刻な打撃を受けた。
「北の攻撃誘導」疑惑
そこに追い打ちをかけたのが「北風工作」疑惑だ。金氏の指示の下、韓国軍が無人機で北朝鮮領空を侵犯したり、北朝鮮がごみをぶら下げた風船を飛ばす地点への攻撃を画策したりし、北朝鮮の報復を誘導しようとした疑いがあると野党が提起。逮捕された前司令官の手帳から「北朝鮮の攻撃を誘導」との記述が見つかり、疑惑は一層深まった。
これに対し、韓国軍は13日、疑惑を強く否定する異例の声明を発表した。声明は「一部(の勢力)が正常な軍事活動を戒厳と結び付け、『北風工作』疑惑を提起することで安保上の不安をあおり、軍事活動を萎縮させている」と指摘。「軍事活動を歪曲することは将兵たちの名誉と士気を低下させ、国家安保に深刻な脅威を招くことになる」と危機感をあらわにした。
ウクライナを侵略するロシアを支援するため、北朝鮮が大規模派兵に踏み切った事態を受け、尹政権は戦地へのモニタリング団の派遣を検討してきた。野党はこの計画に対しても、韓国がウクライナに「派兵」することで北朝鮮側との衝突を誘発させ、緊張を高めようとしていると疑惑の目を向けている。
戒厳を巡る「北風工作」疑惑は、北朝鮮からの攻撃を想定した共同防衛訓練を増やすなどした尹政権下の日米韓安保協力に加え、ロシアのウクライナ侵略に対する韓国と国際社会との連携にも否定的な影響を与えかねない状況だ。