【ソウル=時吉達也】わずか6時間で非常戒厳に失敗した韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対し、執務の継続は困難との見方が韓国国内で広がっている。保守系紙も戒厳宣布の「違憲性」にそろって言及し、批判のトーンを高める。「政治的自殺行為」(与党議員)とも評される尹氏の真意はどこにあったのか。これまでに明らかになった情報に基づき検証する。
与党・軍幹部も知らず
非常戒厳解除から半日が過ぎた4日夕。大統領府を訪れた与党「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表が、尹氏に尋ねた。「なぜ私を逮捕しようとしたのか」
3日深夜に国会に突入した将兵らは、戒厳宣布の解除に動いた韓氏や国会議長の逮捕を試みたと報じられていた。保守系紙の東亜日報によると、尹氏は韓氏の問いに「(軍が)そうしたなら、政治活動の禁止を明示した戒厳布告令違反のために逮捕しようとしたのだろう」と答えたという。
韓氏ら与党幹部は戒厳宣布の動きを事前に知らされていなかったが、不意打ちを食らったのは韓氏らだけではない。
戒厳体制の中心となる韓国軍序列1位の合同参謀本部議長、国防省次官も説明を受けていなかった。尹氏の側近で警察行政を統括する李祥敏(イ・サンミン)行政安全相も戒厳宣布の当日、地方出張先から慌ただしくソウルに戻ったことが確認されており、事前協議がなかった状況が浮かび上がった。
戒厳軍の国会到着は、宣布から1時間が経過した後。すでに野党議員や国会職員らが軍の進入を防ぐ準備を進めていた。国会が戒厳解除要求を可決すると、戒厳軍はすぐに撤退を開始した。国会の反対で頓挫する可能性が高かった戒厳宣布に尹氏が準備不足の状態で臨んだのは明らかだった。
野党に手足縛られ…
戒厳宣布の背景には、4月の総選挙での与党大敗で苦しい国会運営を強いられる事情があった。最大野党「共に民主党」は、大統領が拒否権を行使できない政府予算案の大幅減額や、複数の閣僚の弾劾手続きを強行。尹政権は政策を遂行する上で手足を縛られていた。
尹氏は韓氏ら与党幹部に対し、戒厳宣布は「野党に対する警告」に過ぎなかったと釈明。国会の武力鎮圧までは念頭に置いておらず、あえて抑制的な行動にとどめたと強調したという。
これに対し、時事評論家の尹太坤(ユン・テゴン)氏は「失敗した戒厳宣布を事後的に正当化するための方便に過ぎない」と指摘。「多方面に周知すれば、抵抗を受けて戒厳を実現できなかった。あえて準備しなかったのではなく、準備ができなかったのが実情だ」との見方を示す。
「価値外交」に傷
尹大統領の政権運営見直しを求めつつも抑制的な批判にとどめていた保守系メディアも、今回はさじを投げた格好だ。主要3紙の社説はいずれも、非常戒厳が要件を満たさず「違憲の可能性が高い」と主張。「韓国政治史に消せない大きな傷を残した」(中央日報社説)、「韓国大統領の歴史上最も愚かな自爆」(朝鮮日報主筆のコラム)などと極めて厳しい言葉で批判した。
尹太坤氏は「大統領が今後、任期をまっとうできると考える人はほぼいない」と強調。米政府高官が戒厳宣布に「判断を大きく誤った」と発言したことに触れ、「尹政権が推進してきた自由民主主義陣営の『価値外交』にも傷を付ける結果になった」と指摘した。