韓国で選挙不正陰謀論が猛威を振るっている。2020年と24年の保守政党が大敗した国会議員選挙で、左派政党と中国か北朝鮮が協力して大規模な不正を行ったという主張だ。尹錫悦(ユンソンニョル)大統領はそれを信じて戒厳令を宣布して、軍を国会と選挙管理委員会に送った。
大統領支持派は今も酷寒の下、数千から数万のデモを連日行っている。その一部が1月19日未明、尹大統領の勾留令状発付を決めたソウル西部地裁を一時占拠し器物損壊を行った。彼らは白地に赤い文字で「STOP THE STEAL」と書かれたビラを持っていた。米大統領選でトランプ氏の支持者が掲げた「不正選挙で票を盗むのをやめろ」という意味のスローガンだ。裏側には「CCP OUT」とある。「中国共産党出ていけ」という意味だ。彼らは中国共産党が介入した不正選挙があったと信じている。
朝鮮日報の1月21、22日の世論調査で、国民の43%、保守層の70%、与党支持者の78%が「不正選挙疑惑に共感する」と答えた。
不正選挙を書かない保守新聞の部数が減っている。尹大統領支持派が購読中止運動をしているからだ。朝鮮日報はなんと最近、部数の1割にあたる10万部が減ったという。
尹大統領は1月15日、交流サイト(SNS)で「不正選挙の証拠はあまりにも多い」と書き、①偽投票用紙が発見された②選管電算システムがハッキングと捏造(ねつぞう)に無防備なのに是正努力をしなかった③選管が投票者数と実際の投票者数の確認と検証を拒否した-の3つを証拠として挙げた。しかし、すべて事実ではないことが明らかになっている。
20年4月の国会議員選挙に関して、126件の訴訟が起こされたが、不正を認める判決はなかった。
大統領側弁護士は今月16日、憲法裁判所の弾劾審判で不正選挙論をとうとうと述べ「今朝の新聞にも水原(スウォン)の中央選挙管理委員会研修院にいた中国人90人あまりが日本国内の米軍部隊に行って調査を受け、不正選挙関連の自白をしたという内容があった」と述べた。
実はこのフェイクニュースが昨年12月末から急拡散している。12月24日、左派週刊誌のネット版が、戒厳宣布後「選管研修院で実務者・民間人90人あまりが監禁」されたという特ダネ記事を書いた。戒厳を批判する記事だった。
ところが、翌25日、チャンネル登録者が149万人いる右派ユーチューブテレビが研修院に監禁されたのは選管関係者ではなく中国人の可能性があるという動画を流し、再生回数が114万回を数えた。
同月26日には右派新聞「スカイデイリー」にある大学教授が「選管研修院中国人ハッカー部隊90人は誰か」というコラムを書き、監禁されたのは中国人ハッカーだとした。その後、黄教安(ファンギョアン)元首相がネットメディアでスカイデイリーのコラムを紹介して「90人は今どこにいるのか。選管事務局長は国会などでどうして明らかにできずにいるのか」とあおった。
さらにユーチューブやSNSを通じてこれが大統領支持派の間で広まった。1月16日、スカイデイリーが、戒厳軍に逮捕された99人(9人多くなった)の中国人ハッカーが沖縄の米軍基地に連行され米軍の取り調べで韓国と米国の選挙に介入したことを自白した、という内容まで付け加えた。それを大統領側弁護士が引用したのだ。在韓米軍が20日、「全く事実ではない」という声明を出すに至った。
韓国の保守派は事実に基づき是々非々で議論する保守自由主義者と、陰謀論を信じて暴力を肯定する右翼全体主義者に分裂してしまった。保守派のリーダー、趙甲済(チョガプチェ)氏は「(左派の大統領候補の)李在明(イジェミョン)氏に対抗するためにもまず陰謀論を克服して保守を再建しなければならない。相手が怪物だからといって、こちらも怪物になってはならない」と語った。(31日発売の雑誌「正論」に詳しい内容が掲載されます。)