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紅海から消えた日本商船、航行続ける中国船 武装組織「フーシ派」の攻撃が変えた中東航路

産経ニュース 2024年8月12日 13時0分

昨年11月以降、イエメンの親イラン民兵組織「フーシ派」が紅海で商船を狙った攻撃を続けている影響で、日本の商船は過去7ヶ月間、イエメン周辺の海域を航行していないことが12日、船舶自動識別装置(AIS)のデータから明らかになった。一方で中国の商船は、同国の船であることをアピールしながら紅海の航行を続けていることも分かった。中国を含む外国船の一部はAISを切って航行を続けているが、多くの商船はアフリカ南端の喜望峰へ迂回するルートを強いられている。中東地域の緊張によって紅海の航路は様変わりした。

攻撃や乗っ取りが89件発生

パレスチナ自治区ガザの情勢を巡るイランとイスラエルの緊張を受け、イランを支持するフーシ派は、紅海で親イスラエルとみなす商船への攻撃を繰り返している。その皮切りとなったのは昨年11月19日、日本郵船が運航する貨物船「GALAXY LEADER」の乗っ乗っ取りで、拘束された乗組員は未だ解放されていない。

11月27日には、海賊対処にあたっていた海上自衛隊の護衛艦「あけぼの」が、フーシ派による弾道ミサイル発射を受けて、イエメンの南の海域から最大速力で離脱する事態も起きた。自衛隊が拠点を置くアフリカのジブチからイエメン本土までは、紅海とアデン湾を分かつバベルマンデブ海峡を挟んで約30キロしか離れていない。

米シンクタンク「ワシントン近東政策研究所」のデータによると、11月に日本郵船の運行船が襲撃されて以降、イエメン周辺の海域では89件の攻撃や乗っ取りなどが発生している。今年3月にはミサイル攻撃を受けたベリーズ船籍の貨物船が沈没した。

国交省「紅海は通れない状況」

AISを搭載した船舶の運航情報などを提供する「Kpler」のデータを産経新聞が分析したところ、今年2月以降、日本の商船はバベルマンデブ海峡を通航していないことが分かった。

国土交通省の国際海運の担当者は「フーシ派が攻撃を続けており、紅海は通れない状況だ。日本の船舶から、海賊対処のための入域通報も受けておらず、航行した船はないのではないか。海運各社には注意喚起している」と話す。

日本を含む西側諸国の商船の多くは、紅海を通過しない喜望峰ルートへの迂回を強いられている。国際通貨基金(IMF)の分析によると、アジアとヨーロッパを結ぶ船便にかかる日数が平均で10日間以上長くなった。日本郵船は「喜望峰を通ることで、平時に比べ長くかかるようになった」と指摘。船の種類や積荷によって航行速度が異なり、重量のある鉱石などを運ぶばら積み貨物船は3週間ほど延びる場合もあるという。

ただ、紅海で日本を含む先進7カ国(G7)の船の往来が激減した一方、中国の商船の航行は続いている。

中露船舶への攻撃控えるフーシ派

中国船は、イスラエルやその関係国を標的とするフーシ派の攻撃を回避するため、親イスラエルではないことをアピールしながら航行を続けている。フーシ派は、中国やロシアの関連船舶に対しては、攻撃を控える動きを見せているためだ。

紅海を通過する中国船は、AIS上での目的地を「ALL CHINESE(全て中国人)」や「CHINESE OWNER/CREW(船主と船員は中国人)」などと表示させている。通常、AISデータの目的地には、「CN SHG(中国・上海)」や「JP TOKYO(日本・東京)」といった港の記号が入力される。

英政策研究機関「王立防衛安全保障研究所」(RUSI)は、フーシ派は軍事的な能力の不足を補うため、誰でも閲覧できるAISデータも活用して標的を選定していると指摘する。フーシ派が使用している対艦巡航ミサイル(ASCM)は、軍艦に対しては回避行動や対抗手段によって効果が低減するが、民間の船舶への攻撃には十分だという。

米当局はAISを切るよう推奨

米連邦海事局は3月、紅海、バベルマンデブ海峡、アデン湾を航行する同国の船舶に対し、AISを切ることを推奨する勧告を出した。発信義務のあるAISを切る行為は、密漁や制裁逃れのために北朝鮮やロシアの船が行っており、米当局が推奨するのは異例だ。連邦海事局は、海上人命安全条約では船舶の安全が脅かされる場合にAISを切ることが認められているとしている。しかし、2月以降に米国籍の船の往来は確認できなかった。

英国やフランス、イタリアの商船の中には、イエメン周辺でAISを切り、同国の北に位置するサウジアラビアの近海でAISの発信を再開しているケースがあることも、Kplerのデータの分析からわかった。

イタリアの自動車運搬船「GRANDE ROMA」は、イエメンの西側の海域でのみAISを切る航行を今年3度行った。ただ、6月以降は喜望峰を通るルートを選択している。

中国の商船の中には、欧州の船のようにAISを切るケースもあった。ワシントン近東政策研究所のレポートによると、フーシ派の攻撃動機がわからないこともあり、より安全な方法を選択している可能性がある。

国交省の担当者は、「日本の船でAISを切ったというケースは把握していない。紅海などでは、海賊対策のためのベストマネージメントプラクティス(BMP)という行動指針があり、安全のためにAISを切らないように周知している」と話す。日本郵船の担当者も「我々が、有事を除いた一般的な海域でAISを切ることは考えられない」との見解を示している。

交通量は半分以下に

イエメン周辺でAISを切る船が増えたことで、IMFが発表しているスエズ運河とバベルマンデブ海峡のタンカーと貨物船の交通量は今年1月以降、統計上で10隻ほど乖離するようになった。またAISに基づくバベルマンデブ海峡の交通量は、フーシ派の攻撃が始まる以前と比べて半分以下になっている。

欧州を目指す日本の船が喜望峰を通るケースは、昨年と比べ倍増した。日本船籍の自動車運搬船「ASTERIA LEADER」は、紅海ルートから喜望峰ルートに切り替えて航行していた。

日本船籍のコンテナ船「ONE THESEUS」は、3月に紅海を航行してサウジアラビアのジッダに寄港したが、イエメンの近海を避け、スエズ運河を通り、喜望峰からインド洋へ抜けるルートを往復した。

ただし、喜望峰を通る中国船も日本と同様に増えており、中国も航路の選択で中東情勢の影響を受けているとみられる。また、上海や寧波といった中国の主要港では、喜望峰ルートによる遅延などで渋滞が発生している。

運賃は7倍近く高騰

英調査会社ドゥルーリーの世界コンテナ運賃指数(40フィートコンテナ換算)によると、フーシ派による商船攻撃が始まる前は、中国・上海とオランダ・ロッテルダムの航路の運賃は約1200ドル前後だったが、7月18日には7倍近い8267ドルまで高騰した。

パナマ運河の水不足による通行制限も運賃高騰の一因となっており、上海と米国やイタリアを結ぶ航路も同様の値動きを見せている。中国の船舶は紅海を通行しているとはいえ、運賃の面では大きな影響が出ている。もちろん、紅海を通れない日本の船はより重い負担を強いられており、混乱を極める国際海運市場には勝者がいない状況だ。

イランはイスラエルに対し、イラン国内で起きたハマス最高指導者の爆殺の報復を宣言した。両国が戦争に突入すれば、日本が石油輸入の95%以上を依存するペルシャ湾も、紅海と同様に危険な状況に陥る恐れがある。台湾有事の際には中国による海上封鎖が予想されるなど、世界の秩序が不安定化する中、海上交通路(シーレーン)の安定化に向けた努力は欠かせない。日本が外交政策の柱の一つとする「自由で開かれたインド太平洋」の重要性が増している。(データアナリスト 西山諒)

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