シリア内戦で崩壊したアサド政権が、国家ぐるみで麻薬など違法薬物の製造や密輸に関与していたことが明らかになりつつある。旧反体制派を主導する「シリア解放機構」(HTS)が制圧した首都ダマスカス郊外の「秘密工場」には大量の痕跡が残されていた。
「これを見てくれ。何かの機械のようだろ?」。HTSの戦闘員、バーシルさん(31)はそう言って電子回路が組み込まれた金属製の箱を解体してみせた。ファンのような部品を取り外すと、中から密封包装された大量の錠剤がこぼれ出た。「これは全部、キャプタゴンだ」
キャプタゴンは近年、中東諸国で乱用が深刻化している合成麻薬。ロイター通信によると、世界の年間取引額は推定100億ドル(約1兆5500億円)で、シリア指導部の利益は約24億ドルに上っていた。バイデン米政権は、アサド政権中枢に近いビジネスマンや、同政権と同盟関係にあった隣国レバノンの親イラン民兵組織ヒズボラが密輸に関与しているとして制裁を科していた。
16日、ダマスカス郊外ドゥマに近い街道沿いの山肌に建つ建物に足を踏み入れた。以前はポテトチップスが製造されていたが、内戦が激化して以降は元国会議員が経営する会社が所有。同社はアサド前大統領の弟で精鋭の第4機甲師団を率いたマーヘル氏が実質支配していたとみられている。
一見すると何の変哲もない工場ながら、地下には広大な空間が広がる。今月8日に首都を制圧したHTSが発見したときにはすでに火が放たれていたが、内部には熱で変形した容器から漏れ出て固まった原材料や、錠剤に成形するためのプレートなどが燃え残っている。包装された大量の大麻樹脂も見つかった。
密輸のためとみられる偽装工作の痕跡も多い。前述の機械にみせかけた金属の箱のほか、「オレンジ」と印字された大量の段ボール箱、オレンジやスイカ、ザクロそっくりに塗装された発泡スチロール容器などもある。
これらは陸路でレバノンに運ばれたり、湾岸諸国へ空輸されたりしたとみられている。米国の推計では少なくとも数十億ドル規模の密輸が行われ、武器購入などに充てられていた可能性が高い。バーシルさんは「政府や軍が関与していなくては大規模な密輸など不可能だ」とし、「アサド政権は国家ぐるみで麻薬を売りさばいていた。やつらは犯罪者だ」と吐き捨てた。(ダマスカス 大内清)