シリア内戦でアサド政権が崩壊したことは、中東地域のパワーバランスを大きく揺さぶった。アサド政権の後ろ盾だったロシアやイランの戦略的地位が後退する半面、米欧にとっては復興支援などを通じてシリアに関与する余地が増しており、地域安定化への貢献が問われている。
21日午後、シリア西部ラタキア郊外のヘメイミーム空軍基地を出たロシアの軍用車やトラックの車列が、南へ約60キロ離れた港湾都市タルトゥースにある露軍港にすべり込んだ。
ヘメイミームはロシアが使用権を持ち、内戦では露軍による旧体制派への空爆拠点となった。タルトゥースは露海軍が地中海に持つ唯一の補給・修復拠点だ。それぞれの施設の周辺にはアラビア語とともにロシア語の看板を掲げる店が並ぶ。住民にとり露軍はアサド政権軍と並んで「決して怒らせてはならない存在」だった。
だが今月8日、旧反体制派の主力「シリア解放機構(HTS)」の進撃を受け、アサド大統領(当時)はヘメイミームからロシアへ亡命し、アサド政権は瓦解した。それと同時に、ロシアがシリアに確保してきた軍事権益は脆弱化した。
「ロシアはいらない。出ていってほしい」
記者(大内)が追った露軍の車列にはしばしば一般車が割って入り、あおりながら抜き去っていった。プーチン露政権はシリアでの「敗北」を否定するが、この国で露軍の〝威光〟は早くも過去のものとなっている。
米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は18日、米当局者らの話として、露軍がシリアに配備していた防空システムなどの兵器や兵員をリビアへ移送していると伝えた。21日にタルトゥース港へ入った露軍の車列も移送対象なのか。
港近くで喫茶店を経営するムハンマド・ザーヒルさん(30)は「シリアが平和になるにはロシアは邪魔。もう出て行ってほしい」と話した。
約13年に及んだ内戦でアサド政権は、ロシアのみならず、域内での影響力伸長を目指すイランからも支援を受けた。シリアを巡って利害が一致したロシアとイランは関係を強化。ロシアによるウクライナ侵略以降は、イランが露軍に兵器を供給するなど関係はさらに深まった。
イラン「抵抗の枢軸」の一翼崩れる
しかし、アサド政権が崩壊したことで、両国は戦略的な後退を余儀なくされている。
ロシアは、中東の最重要拠点であるヘメイミームやタルトゥースの扱いを、シリアで今後発足する新政権と協議する必要に迫られている。イランは宿敵と位置付けるイスラエルに対抗するために「抵抗の枢軸」と呼ぶ勢力圏の確立を目指してきたが、その一翼であるシリアを失い、より直接的にイスラエルと対峙せざるを得なくなった。
イスラエルはアサド政権崩壊後の1週間ほどで主に軍事施設を対象にシリア国内で470回以上の空爆を行ったとされる。これらの標的には政権軍が保有していたレーダーシステムなどが含まれ、イランにとってはイスラエルからの攻撃を早期に察知するのがいっそう難しくなったとの見方が強い。
民主主義諸国との関係構築に期待
そんな中でシリアの首都ダマスカスを訪問した米国のリーフ国務次官補らは20日、暫定政府を主導するHTSのジャウラニ指導者と会談し、シリアへの復興支援を協議。HTSのテロ組織指定解除にも前向きな姿勢を示したと報じられる。
HTSなど旧反体制派にはアサド政権軍に協力してきたロシアとイランへの反感が強く、長期の内戦で疲弊した国民には米欧など民主主義諸国との関係構築に期待する声が大きい。中東情勢への関与に消極的とされるトランプ次期米政権の出方は不透明ながら、米欧がシリアを取り込むことは露・イランなどの強権主義勢力に打ち込むくさびともなりそうだ。
(シリア西部タルトゥース 大内清)