「24時間テレビ」にあわせたスペシャル企画をお送りします。今回は、心臓病を抱えながら、懸命に今を生きる料理人をお伝えします。料理に対する、その思いとは…。
鈴木彩乃さん48歳。フレンチの料理人として20年以上、腕を振るってきました。
自慢は野菜をふんだんに使った彩り豊かなフレンチ。
家庭に訪問し料理を振舞う出張シェフでも女性を中心に大人気になりました。
その矢先でした。風邪かと思い受診した病院で死の危険性がとても高い心臓病、”劇症型心筋炎”だと宣告されてしまいます。
(鈴木 彩乃さん)
「心肺停止になってパッと目が覚めた時に夢をみていたんですけど、その夢がお花畑の夢で、目が覚めたら心臓マッサージをされていた夢見心地で気持ちよく寝ていたら天国に行っていたかもしれない」
生死の境を経験した彩乃さん。
そんな彼女の生きる希望…
それは心臓移植です。
(鈴木 彩乃さん)
「病気が再発したら、ほとんど心臓が動いていないから、たぶん死んじゃうけど、心臓移植したら元気に戻れるよと言われたら、わかりました、何でもやりますという感じでした」
しかし、心臓移植を待ち、まもなく6年ドナー不足の影響もあり、いつできるかはわからない状況です。
心臓移植の日まで命をつなぐため彩乃さんは弱った心臓の働きを助けるポンプを体の中に取り付けて生活しています。
この心臓の働きを果たす機械は「補助人工心臓」。
充電式のバッテリーで動き、一日数回の交換が必要です。
さらに、補助人工心臓をつけると1人で生活することはできなくなります。故障などの緊急時に対応できるよう家族は24時間、常に機械のアラーム音が聞こえる場所にいなければならないという決まりがあるからです。それを担っているのが母、ふみえさんです。
(鈴木 彩乃さん)
「ずーっと見守るしかないからそばで見てるだけ。2.3度も花畑を見たって言ってたからいつでも不安があったんですけど、頼れる人もいないから、自分で頑張って、涙こぼすこともあったけどね」
彩乃さんを支えていたのは母親の愛情・・そしてもうひとつ、料理への思いでした。
入院中の日記に書かれていました。
(鈴木 彩乃さん)
「トマトジュース飲んだ、うめーと書いてある、食が一番の楽しみトマトジュースだ、ハンバーグだって、確かに、先の見えない長い闘病生活できょうの夜ご飯は何かなとか、小さな楽しみを毎日積み重ねて、これだったら幸せだと思って過ごしていました」
”食べること”で苦しい入院生活を乗り越えられた彩乃さん。
自分が作ったおいしい料理で、たくさんの人を笑顔にしたい。病気になった今も、料理人としての夢を諦めることはありませんでした。
そして、この夏。
彩乃さんに料理人として再び大きな一歩を踏み出すチャンスが訪れました。
いままでは、どこへ行くにも母ふみえさんと出かける必要がありましたが、補助人工心臓のルールが変わり、ことしの4月から彩乃さん一人での単独行動が可能になったのです!
以前の仕事を取り戻すきっかけとなる待望のルール変更。これを機に、病気前に好評だった”出張シェフ”再開を決意しました。
さっそく行動に移します。
(鈴木 彩乃さん)
「もしもし鈴木彩乃です。(あやの!?)お久しぶりです。(どうしたの?)」
電話の相手は、彩乃さんが初めて東京で修行をしたフランス料理店の師匠、釜谷シェフでした。
(鈴木 彩乃さん)
「今まで出張シェフをしていたんですけど、それを再開したくて、お世話になったシェフとアキコさんに出張シェフとしてお料理を食べてほしいと思って本当に?大丈夫ですか?さすがだね、本当にありがとう。うれしいです」
東京での出張シェフは彩乃さんにとっては大きな挑戦です。
師匠のおいしく食べてくれる顔を思い描き、張り切って準備を進めます、
(鈴木 彩乃さん)
「今の自分は病気もあるけど、それで農園もやっていて、料理一皿で、私のキャラクターがわかってもらえるような料理を作りたいと思っています」
「自分の料理でお客さんを笑顔に」その目標に向かって前へ進み続けます。
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