浜松市で、祖父母と兄を殺害した罪に問われている男に対し、検察側は無期懲役を求刑しました。被告が「別人格の犯行」と主張するこの裁判。判決に向けたポイントを専門家に聞きました。
浜松市で、祖父母と兄を殺害した罪に問われている元警察官の男に対する裁判。「別人格の犯行」と主張する男に責任能力を問えるのか?
事件から約2年半がたち、法廷での審理は15日間に及びました。長髪で細身の男は、淡々とした口調で起訴内容を否認してきました。
(被告の男)
『僕は人を殺した自覚もないし、記憶もありません』
殺人罪で起訴されているのは元警察官で25歳の男の被告。2022年3月、浜松市中央区の自宅で、祖父と祖母、そして兄の頭を、ハンマーや金づちで殴って殺害した罪に問われています。
(家族からの虐待で精神障害 殺害の動機は?)
祖父と祖母、両親と兄、そして双子の兄との7人家族で育った被告の男。小中学生の頃、家族から性的暴行を含む虐待を受けたと証言しています。被告の男は、2018年に県警の警察官になりましたが、虐待によるフラッシュバックの症状が出るようになり、1年後に警察官をやめたといいます。そして、浜松の実家に戻ったあと、解離性同一症の症状により、「別人格が出てきた」と主張しています。
(被告の男)
『ボウイという別人格と話をするようになった。ボウイから『家族は悪魔だ。俺が痛みを教えてやる』と言われ続けた』
検察側は、虐待を受けた体験から、家族への「恨み」「絶望」「怒り」の感情が大きく、殺害の動機があったと指摘。一方、弁護側は被告が虐待を受けたことについて、「自分が悪い」と考えていて、殺害に結びつくほどの「怒り」や「恨み」はなかったのではないかと反論しています。“殺意の認定”について、元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は、こう説明します。
(元東京地検特捜部 副部長 若狭 勝 弁護士)
「殺害方法が、客観的に殺意を表すものということがいえるかどうか」「殺意を抱かせるようなプロセス、経過があったのか」「証拠隠滅をしているなどということになると、自分が相当悪いことしたということで、そういう行動に出たのでしょう、という3つの段階を踏まえて、最終的には決めるということがよく行われている手法ですね」
(“別人格の犯行”を主張 被告の責任能力は?)
最大の争点は、「責任能力を問えるかどうか」です。被告の男は「事件当日の記憶が欠落している」として、凶器のハンマーを用意した記憶もなく、「別人格が犯行に及んだ」と主張しています。
(被告の男)
『最初は、ボウイから3人を殺したのは父親だと言われた。その後、ボウイから“自分が3人を殺した”と言われた』
精神鑑定をした2人の医師の見解も分かれています。1回目の鑑定をした浜松医科大学の和久田智靖医師は、「解離性同一症の影響で、被告がボウイの犯行を制御することは不可能だった」と説明。これに対し、2回目の鑑定をした東京科学大学の岡田幸之医師は「解離性同一症ではあるが、虚偽や誇張が含まれている可能性があり、被告本人の思考で犯行に及んだ」と指摘しています。
「責任能力をめぐる判断」について、若狭弁護士は…。
(元東京地検特捜部 副部長 若狭 勝 弁護士)
「真っ向から対立しているんですよね。だから、どちらの専門家の見解をとるか、採用するかによって判決もかなり大きく違う」「障害があるがために引き起こした、直結したといえるかどうかが最大のポイントだと思いますが、かなり専門的な話なので、裁判員は相当悩むと思います」
(検察は“無期懲役”を求刑 裁判所の判断は?)
4日、結審した被告の男の裁判員裁判。検察側は、3人の命が奪われたことや、計画的で強固な殺意による犯行であると指摘。精神障害の影響ではなく、被告本人の思考や感情による犯行で、完全責任能力があるとして「無期懲役」を求刑しました。手元を動かすなど、落ち着かない様子だった被告の男。弁護側は「精神障害の影響による別人格の犯行」として無罪を主張し、仮に有罪であっても減刑されるべきと主張しました。
親族3人を殺害した罪に問われている被告の男。有罪となった場合の量刑については…。
(元東京地検特捜部 副部長 若狭 勝 弁護士)
「親族間の殺人事件というのは、金目的や財産目的ということでない限りは、第三者に対する殺人よりは量刑は比較的低いということはいえると思います」「無罪の可能性は低いと思います。責任能力がかなり弱かった、減弱していたということで、判決の落としどころが決められる可能性はあると思います」
被告が別人格の犯行を主張する、異例の展開をたどった裁判員裁判。判決は2025年1月15日に言い渡されます。