「塩化ナトリウム (NaCl)」は調味料として私たちに身近な物質の1つです。塩化ナトリウムを様々な割合で水に溶かした後、水分を蒸発させて結晶を作る場合、通常であれば現れるのは塩化ナトリウムです。しかし、0.1℃未満で結晶を作る場合には「塩化ナトリウム2水和物 (NaCl・2H2O)」という、塩化ナトリウムと水分子が結合した結晶が生じます。
塩化ナトリウム2水和物は0.1℃以上では水と塩化ナトリウムに分解するため、通常は見かけることはありませんが、寒冷地では塩化ナトリウム2水和物が生じるような低温乾燥環境がしばしば存在します。同じようなことは、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドゥスといった氷天体でも言えるため、宇宙には塩化ナトリウム水和物が多量に存在すると推定されてきました。例えば、エウロパの表面にある多数の筋 (線条) の色は、地下から運ばれた水以外の様々な物質に由来するとみられています。そのため、塩化ナトリウム水和物が存在すると考えても不思議ではありません。
ところが、実際に宇宙探査機でこれらの氷天体を観測すると、予想とは異なる結果が得られるという長年の謎があります。観測で得られるスペクトルデータは2個よりも多い水分子を含む “水っぽい” 塩化ナトリウム水和物の存在を示していますが、これが実際に2水和物とは異なる塩化ナトリウム水和物の存在を示しているのか、それともスペクトルデータが誤っているのかは不明のままでした。
ワシントン大学のBaptiste Journaux氏らの研究チームは、実験室で塩水を高圧にかける実験を行っていました。塩化ナトリウムを含んだ水である塩水は、通常の環境でも凍る温度 (凍結点) が低くなります。この作用は融雪剤などで応用されていますが、凍る温度は圧力でも変化します。研究チームは当初、高圧下で塩水の凍る温度がどう変化するのかを調べるためにこの実験を行っていました。
しかし、予想とは異なり、大気圧の2万5000倍もの高圧下で氷ではなく塩化ナトリウム水和物の結晶が生じたことに研究チームは驚きました。研究チームが得られた結晶の構造と成分を調べた結果、これまで知られていなかった塩化ナトリウム水和物の存在が明らかになったのです。これは150年ぶりに水と塩化ナトリウムの混合物の相図を書き換える発見となりました。
「塩化ナトリウム超水和物 (hyperhydrated sodium chloride)」と呼ばれるこの結晶には2種類の化学成分があることもわかりました。1つは「NaCl・8.5H2O (塩化ナトリウム8.5水和物)」、もう1つは「NaCl・13H2O (塩化ナトリウム13水和物)」です。どちらも塩化ナトリウム2水和物と比較して水分子の割合が大きいため、氷天体で見つかった “水っぽい” 塩化ナトリウム水和物に対応する可能性があります。氷天体の地殻内部は高圧であり、実験室で生み出した高圧環境とも一致します。この結果は予想外の発見であり、条件面の探索が進んでいない中で見つかったものです。実験条件を変えれば、さらに異なる塩化ナトリウム超水和物が見つかる可能性もあります。
また、2つの塩化ナトリウム超水和物のうちNaCl・8.5H2Oの方は、実験的には約-50℃以下、理論的には-38℃以下であれば、大気圧まで減圧しても安定して存在することが示されました。つまり氷天体の表面のみならず、地球でも塩化ナトリウム超水和物が存在する可能性があります。例えば、南極大陸の分厚い氷床の内部には、非常に塩分濃度の高い塩湖が存在していることが知られています。塩湖の底で塩化ナトリウム超水和物が生成されていれば、氷床の表面に運ばれたものが存在する可能性もあります。
いずれにしても、今回発見された塩化ナトリウム超水和物が、氷天体を含む自然界にも存在するかどうかは、現時点では確定していません。そのためには宇宙探査機による詳細な観測と、実験室でより大きな結晶を生成するという両方のアプローチを通して、データの精度を上げる作業が必要となります。
Source
Baptiste Journaux, et.al. “On the identification of hyperhydrated sodium chloride hydrates, stable at icy moon conditions” (Proceedings of the National Academy of Sciences) Hannah Hickey. “Newly discovered form of salty ice could exist on surface of extraterrestrial moons”. (University of Washington)文/彩恵りり