「我々の住む宇宙は、無数に存在する宇宙の一つなのか?」
「別の宇宙はハビタブル(生命居住可能)な世界をもつのか?」
一見したところ、推測の上に推測を重ねたSFのような話に感じられるかもしれません。しかし実はそれほど馬鹿げた話ではないと、オーストラリア・シドニー大学のGeraint Lewis教授は論考しています。
宇宙は唯一の存在なのか、それとも多数の宇宙が存在し得るのか?Lewis教授が馬鹿げた話でないと主張する論拠が、ビッグバンの発生後に多数の「泡」宇宙が誕生するという「多元宇宙論(マルチバース)」です。インフレーション理論を考案した宇宙物理学者のAlan Guth氏は、この多元宇宙論のアイディアを創案した科学者のひとりです。
Guth氏によると、ビッグバンの発生から10のマイナス32乗秒未満のあいだに原始的な宇宙が急激に膨張したとするインフレーション理論から、多元宇宙論が必然的に導かれるといいます。しかしLewis教授が注釈するように、多元宇宙論は物理学者らのあいだで論争の的になっているようです。
関連: 宇宙の始まりの出来事「ビッグバン」とは? 理論や命名についても解説
多元宇宙論では、我々の住む宇宙と別の宇宙では、宇宙定数などの自然定数や物理法則に違いがある可能性が示唆されます。
たとえば、我々の住む宇宙と比べて電子の質量が100倍もある宇宙では、生命や惑星だけでなく恒星が誕生しているとも限りません。そこでLewis教授は、多元宇宙論が正しいと仮定した場合、生命が誕生したのは条件が適している我々の住む宇宙だけなのか、それとも条件が異なる別の宇宙でも生命は誕生し得るのかと問いかけます。
生命誕生には酸素と炭素の割合が重要そこでLewis教授らの研究グループは、ハビタブルな環境が誕生するための宇宙の条件を検証しました。
我々の宇宙ではビッグバンによって水素やヘリウムが生成され、それ以外の元素は星の内部での核融合や超新星爆発等を通じて生成されました。これらの過程は、強い力・弱い力・電磁気力・重力という4つの力によって支配されています。また、電子やクォークといった素粒子の質量も重要な役割を果たすといいます。
Lewis教授らは、これらに関連する基本的な量(微細構造定数や電子と陽子の質量比など)が不変であるという制約のもとで、マクロな条件を変えたときにハビタブルな環境が作られ得るのかについてシミュレーションを使って検証したようです。Lewis教授らが検証した条件は、岩石に対する金属の割合、酸素に対する炭素の割合、ケイ素に対するマグネシウムの割合、DNAやRNA、タンパク質の構成要素である窒素の存在、鉄・リン・硫黄の存在などです。
検証の結果、ハビタブルであるために重要なのは、酸素に対する炭素の割合であることが判明しました。Lewis教授らは、原始惑星系円盤を構成するガスに含まれる酸素や炭素が一酸化炭素を生成するため、酸素に対する炭素の割合が惑星系の形成、ひいてはハビタブルな環境づくりに強く影響を及ぼすと分析しています。
究極理論の完成か、それとも科学の限界かとはいえ、多元宇宙論はまだ仮説の段階にあると、Lewis教授はクギを刺しています。今の段階では多元宇宙論が検証されたわけでもなく、検証することが可能かどうかすら不明だといいます。我々の住む宇宙を支配する物理法則とは異なる宇宙が実際に存在するのかも不明なのです。
無限の宇宙の中に存在する究極の足場を明らかにする旅、その始まりに我々人類はたどり着いたところなのかもしれないと、Lewis教授は締めくくっています。
Source
Image Credit: NASA The Conversation - What are the best conditions for life? Exploring the multiverse can help us find out Scientific American - The Founder of Cosmic Inflation Theory on Cosmology's Next Big Ideas Space.com - Our Universe May Exist in a Multiverse, Cosmic Inflation Discovery Suggests doi:10.1111/j.1468-4004.2008.49229.x - Universe or multiverse? doi:10.3390/universe8120651 - Multiverse Predictions for Habitability: Element Abundances文/Misato Kadono