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水を活用した推進システムで宇宙を移動 日本のスタートアップ企業がイノベーションを起こす

sorae.jp 2023年4月10日 11時0分

【▲SonyがJAXA、Pale Blueと共同開発した超小型人工衛星「EYE」の想像図(Credit: Sony)】

時として、人工衛星や探査機に搭載される新しい推進システムのアイディアは、「ポップコーン」のように突然飛び出してきます。宇宙で“モノ”を動かす技術の革新は目を見張るものがあり、日本のスタートアップ企業「Pale Blue(ペールブルー)」が重要なマイルストーンに到達したという評価を、アメリカの宇宙開発・天文学ニュースサイトの「Universe Today」が下しています。

Pale Blueは3月3日に、小型人工衛星に搭載した「水」をベースにした推進システムが作動し、推力の獲得に成功したことを発表しました。

NASA発足時から研究が始まった水推進システム

水素原子と酸素原子から構成される水(H2O)を活用した推進システムは、アメリカ航空宇宙局(NASA)が発足して間もない1960年代から研究されてきました。NASAが研究した水推進システムは、水を電解装置で酸素と水素に分離し、両方のガスをロケットの推進に活用するというものでした。NASAによると、水素はロケットの燃料としてはもっとも速いスピードを生み出し、酸素は水素の燃焼を助けるといいます。

こうした水を活用した推進システムは、水の電気分解に要する制御システムを実現しやすいだけでなく、推進剤の無毒性や耐腐食性、貯蔵の容易さなどの点で大きな利点をもつといいます。そのいっぽうで、宇宙機の推進システムとして長年採用されませんでした。電気分解を行なうために必要な動力や、推進剤を貯蔵するタンクの大きさや重量が当時の科学技術の水準で実現できなかったようです。

2020年に東京大学からスピンアウトしたスタートアップ企業であるPale Blueが開発した水推進システムは、NASAが着手した水を電解する手法とは別の道を取ります。それが、水蒸気の噴射によって推力を得る「水レジストジェットスラスタ」です。水レジストジェットスラスタが革新的である特徴として、比較的低い圧力で液体状態の水をタンク内に保持し、比較的低温で水を気化できることが挙げられるようです。水レジストジェットスラスタは、人工衛星の軌道変更や姿勢制御に使用されるといいます。

【▲Pale Blueが開発した水推進システムの紹介動画】
(Credit: Pale Blue)

日本の小型探査機にも採用された水レジストジェットスラスタ

日本の小型探査機「EQUULEUS(エクレウス)」に搭載された水レジストジェットスラスタ「AQUARIUS(アクエリアス)」を宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同開発したのが、Pale Blueの創業者らでした。

今回Pale Blueが推力の獲得に成功したのは、ソニー、東京大学、JAXAが共同で開発した超小型人工衛星「EYE」への推進システムとして採用された水レジストジェットスラスタです。EYEは、SpaceXの「Falcon 9」ロケットによって2023年1月3日に打ち上げられ、地球低軌道(LEO)への投入に成功しています。

関連
・日本の小型探査機「エクレウス」初期運用フェーズ終了 月の裏側で撮影した画像も公開(2022年11月29日)
・スペースX、2023年初の打ち上げミッション「Transporter-6」を実施 ソニー開発の衛星を搭載(2023年1月12日)

着実に実績を挙げるPale Blueの水推進システム

Pale Blueは、水レジストジェットスラスタとは異なるタイプの水推進システムの研究・開発も進めています。「水イオンスラスタ」と呼ばれる推進システムは、マイクロ波で水をプラズマ化し、噴射させることで推力を得るといいます。ただし、Pale Blueが取り組む水イオンスラスタを検証する機会はまだ訪れていない模様です。

また、Pale Blueは水レジストジェットスラスタと水イオンスラスタとを組み合わせた「ハイブリッドスラスタ」も開発しました。ハイブリッドスラスタは、2つのスラスタによって与えられる衝撃によって、より強い推力が得られるのだといいます。ハイブリッドスラスタが搭載された革新的衛星技術実証3号機は2022年10月に「イプシロンロケット」6号機に搭載されましたが、打ち上げに失敗したため、ハイブリッドスラスタを検証する機会は失われてしまいました。

関連: JAXA「イプシロンロケット」6号機打ち上げ失敗 ロケットに指令破壊信号送信(2022年10月12日)

水をベースにした推進システムの実用化にはまだ長い道のりが残されていますが、水レジストジェットスラスタの作動に成功したことなどで、着実に前進しています。いずれ宇宙空間での標準的な推進システムが選ばれるとき、Pale Blueの水推進システムはその1つに加わるだろうと、Universe Todayは文章を締めくくっています。

 

Source

Image Credit: Sony Universe Today - Pale Blue Successfully Operates its Water-Based Propulsion System in Orbit Pale Blue - Pale Blue、初の水エンジン噴射に成功 NASA - Water-Powered Engines Offer Satellite Mobility NASA - Experimental Performance of a Water-Electrolysis Rocket NASA - Electrolysis Propulsion for Spacecraft Applications doi: 10.2322/tastj.16.427 - Fundamental Ground Experiment of a Water Resistojet Propulsion System: AQUARIUS Installed on a 6U CubeSat: EQUULEUS 東京大学 - 「水」を推進剤とするレジストジェットスラスタ PR TIMES - ソニーの超小型人工衛星『EYE』が軌道上での通信確立に成功

文/Misato Kadono

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