先日「ブラックホールが残した“星の軌跡(a Trail of Stars)”」と題して、星々が直線状に連なる銀河サイズの天体を紹介しました。「ハッブル」宇宙望遠鏡の画像から偶然この天体を発見したイェール大学の天文学者Pieter van Dokkumさんを筆頭とする研究チームは、銀河中心部から飛び出した超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)の影響で星形成活動が引き起こされた結果、このような構造が形成されたのではないかと結論付けています(詳しくは以下の関連記事をご覧下さい)。
関連:ブラックホールが残した“星の軌跡” ハッブル宇宙望遠鏡の画像から偶然発見(2023年4月10日)
カナリア天体物理学研究所(IAC)のJorge Sanchez Almeidaさんを筆頭とする研究チームは、“星の軌跡”の正体をより単純に説明した研究成果を発表しました。結論を先に述べてしまえば、この天体は回転する銀河を真横から見た姿、いわゆる「エッジオン(edge-on)銀河」に過ぎない可能性があるようです。Almeidaさんたちの研究成果をまとめた論文は学術誌「Astronomy and Astrophysics Letters」に掲載されています。
IACによると、銀河から飛び出した超大質量ブラックホールが“星の軌跡”を形成したとするvan Dokkumさんたちの結論は、大規模かつ複雑で例外的な状況を必要とすることから天文学者らを刺激し、幾つかのチームは観測結果を説明できる別の可能性がないか検討し始めました。Almeidaさんたちもそのようなチームの1つです。
“星の軌跡”の速度分布を調べたAlmeidaさんたちは、銀河の回転曲線(※)に似ていることに気が付きました。そこで、地球からは直線状に見えるエッジオン銀河の一例であり、“星の軌跡”と同じくらいの質量がある約1億光年先の銀河「IC 5249」の回転曲線を“星の軌跡”の速度分布と比較したところ、よく一致することが確認されたといいます。
※…円盤銀河(渦巻銀河やレンズ状銀河)の中心からの距離と、その位置における回転速度の関係を示した曲線。
また、渦巻銀河の光度と回転速度の間にみられる相関関係(タリー・フィッシャー関係)にも“星の軌跡”はとてもよく当てはまり、ここでも銀河のように振る舞う天体である可能性が示されました。
以上のことから、Almeidaさんたちは“星の軌跡”をIC 5249に似たエッジオン銀河だと結論付けています。「新たなシナリオははるかに単純です」Almeidaさんはそう語る一方で、銀河から飛び出した超大質量ブラックホールの存在を示す観測的な証拠が初めて得られた可能性を否定する結果にたどり着いたことについて「ある意味では残念なことでもあります」とも語っています。
エッジオン銀河、つまり地球に対して真横を向けた位置関係にある銀河そのものはめずらしいものではありませんが、たとえそのうちの1つだったとしても、依然として“星の軌跡”は興味深い天体のようです。
研究に参加したIACのIgnacio Trujilloさんは、今から80億年近くも前の時代に存在していた銀河の大半は小さく、“星の軌跡”は当時としては非常に大きな銀河の可能性があると指摘しています。偶然発見された“星の軌跡”の性質を詳しく知るために、今後のさらなる観測に期待が寄せられています。
Source
Image Credit: NASA, ESA, Pieter van Dokkum (Yale), Joseph DePasquale (STScI), Almeida et al., ESA/Hubble & NASA, C. Kilpatrick IAC - The mystery of the runaway supermassive black hole, solved Almeida et al. - Supermassive black hole wake or bulgeless edge-on galaxy? (A&A Letters)文/sorae編集部