こちらは約1350光年先にある「オリオン大星雲(M42)」の一部です。「ジェイムズ・ウェッブ(James Webb)宇宙望遠鏡」の「近赤外線カメラ(NIRCam)」で取得したデータ(近赤外線のフィルター合計13種類を使用)をもとに作成されました。ウェッブ宇宙望遠鏡は人の目で捉えることができない赤外線の波長で主に観測を行うため、公開されている画像の色は取得時に使用されたフィルターに応じて着色されています(※1)。
※1…この画像では1.4μmと1.62μmを紫、1.64μmと1.82μmを青、1.87μmと2.1μmをシアン、2.12μmと2.77μmを緑、3.0μmを黄、3.23μmと3.35μmをオレンジ、4.7μmと4.8μmを赤で着色しています。
右上から左下へと伸びる尾根状の構造は「オリオンバー(Orion Bar)」と呼ばれています。オリオンバーは画像左上方向に位置する散開星団「トラペジウム(Trapezium)」の星々から放射された紫外線によって形成されたと考えられています。
大質量星が放射する強力な紫外線は光蒸発(photoevaporation)と呼ばれるプロセスで星雲のガスや塵を侵食し、印象的なフィラメント(ひも)状構造や空洞を形成します。また、紫外線によって電離した水素などの原子が光を放つことで、淡く幻想的な色合いが星雲に加えられます。
この画像の右上部分を拡大していくと、広大な星雲に埋もれた小さな天体が見えてきます。ウェッブ宇宙望遠鏡を運用する宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、これは「d203-506」と名付けられた原始惑星体(proplyd、光蒸発を起こしている原始惑星系円盤)の一つです。その中心には太陽の1割ほどの質量がある赤色矮星があり、周囲を取り囲む原始惑星系円盤は大質量星からの紫外線にさらされて形が歪んでいるといいます。
トゥールーズ大学のOlivier Bernéさんを筆頭とする研究チームは、ウェッブ宇宙望遠鏡による観測の結果、d203-506で「メチルカチオン(CH3+)」と呼ばれる分子イオンが検出されたとする研究成果を発表しました。
STScIによると、原始惑星系円盤のように将来生命が誕生するかもしれない惑星が形成され得る場所でメチルカチオンが検出されたのは、今回が初めてのことだとされています。メチルカチオンは宇宙に豊富に存在する水素とは反応しにくい反面、その他の分子とは容易に反応するため、生命とも関係が深い複雑な有機分子の形成において重要な役割を果たしているのではないかと1970年代から考えられてきた物質です。しかし、これまで原始惑星系円盤で検出されてきた他の多くの分子とは異なり、メチルカチオンは電波望遠鏡では検出できません。赤外線観測で検出することは理論上可能とされていたものの、地球の大気が妨げになるため、赤外線観測に特化した高感度なウェッブ宇宙望遠鏡の登場で初めて検出することができたといいます。
ウェッブ宇宙望遠鏡の観測データは、メチルカチオンの生成に紫外線が関わっている可能性を示しただけでなく、原始惑星系円盤が紫外線を浴びる期間の長さが円盤の化学的性質を左右する可能性も示しました。たとえばメチルカチオンが検出されたd203-506の円盤で水分子は検出されませんでしたが、紫外線を浴びていない別の原始惑星系円盤では大量の水分子が検出されているといいます。
ウェッブ宇宙望遠鏡の性能を改めて証明した今回の成果は、メチルカチオンが星間化学(※2)で中心的な役割を果たしていることを裏付けるものだとして注目されています。ウェッブ宇宙望遠鏡が捉えたオリオン大星雲とd203-506の画像はSTScIや欧州宇宙機関(ESA)から2023年6月26日付で公開されています。
※2…星間空間において重要となる化学反応や星間分子の進化を記述する化学のこと(公益社団法人 日本天文学会「天文学辞典」から引用)
Source
Image Credit: ESA/Webb, NASA, CSA, M. Zamani (ESA/Webb), the PDRs4All ERS Team STScI - Webb Makes First Detection of Crucial Carbon Molecule ESA/Webb - Webb makes first detection of crucial carbon molecule in a planet-forming disc文/sorae編集部