65803番小惑星「ディディモス」を公転する衛星「ディモルフォス」は、NASA(アメリカ航空宇宙局)の小惑星軌道変更ミッション「DART(Double Asteroid Redirection Test)」のターゲットになった天体です。DARTでは約500kgの探査機本体をクフ王のピラミッドに匹敵する約400万トンものディモルフォスに衝突させ、その公転軌道を変化させる実験を行い、予想以上の成果を得られたことが明らかにされています。2022年9月26日に行われたこの実験は、地球へ衝突すると判明した危険な小惑星の軌道を変更する惑星防衛(プラネタリーディフェンス)が有効かどうかを調べるために行われました。
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衝突後のディモルフォスの様子は、DARTから切り離されたイタリア宇宙機関(ASI)の小型探査機「LICIACube」のカメラの他、地上や宇宙にあるいくつかの望遠鏡が遠方から撮影しています。「ハッブル宇宙望遠鏡」もその1つであり、衝突直後から何度か観測を行っています。
今回、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のDavid Jewitt氏などの研究チームは、ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された画像を解析し、衝突後のディモルフォスから飛び出したと予想される岩の追跡を行いました。解析されたのは探査機が衝突した2022年9月26日の他、2022年12月19日、2023年2月4日、2023年4月10日の合計4回の撮影画像です。
その結果、少なくとも37個の岩の観測に成功していたことがわかりました。岩はディモルフォスの脱出速度である24cm/sよりもわずかに速い、30±3cm/s(約1km/h)の速度でディモルフォスから離れていました。この速度から逆算すると、これらの岩が飛び出したのはDARTが衝突した日であることから、DARTの衝突の結果飛び散ったものであることが確認されました。
岩の大きさは最大で7m、最小は1m (※) と推定されます。撮影時点で地球とディモルフォスは約3300万kmも離れており、最も明るく写った岩でも視等級(見かけの等級)は26.5等級(肉眼で見える限界よりもさらに1億6000万倍も暗い)しかありません。今回撮影された岩はこれまでに太陽系内で撮影された最も暗い物体の1つです。
※…ただし観測の限界から、正しく直径が推定できる最小値は4mであると推定されます。
DART探査機が撮影した衝突直前の画像から、ディモルフォスの表面は大小さまざまな岩に覆われていたことが確認されています。今回の飛び散った破片の大きさや速度も考慮すると、今回の衝突で飛び出した岩は、ディモルフォスの一部が砕けて飛び出した破片ではなく、表面を覆っていた岩がそのまま飛び出したものであると考えられます。この場合、DARTの衝突地点を中心に半径25m以上の範囲内(ディモルフォスの表面積の約2%)から岩が飛び出したと考えられます。また、飛び出した岩の総質量は約5000トンであり、これはディモルフォス本体の質量の約0.1%に相当すると見られます。
今回観測された破片が、正確にはどのように飛び出したのかは不明です。最もイメージしやすいのは、DART探査機が衝突したことで生じた噴出物に混ざって飛び出したというものですが、衝突の衝撃でディモルフォス全体が鐘のように揺さぶられ、その振動で飛び出したとも考えられます。
岩が飛び出す正確な理由を解析することは、小惑星に物体を衝突させた際の正確な作用と、それによって起こる公転軌道の変更を正確に推定する上で欠かせません。2026年にはESA (欧州宇宙機関) の探査機「Hera」がディモルフォスの接近観測を予定しており、衝突後の表面の様子についてさらに多くの情報を得ることが期待されます。
Source
David Jewitt, et.al. “The Dimorphos Boulder Swarm”. (The Astrophysical Journal Letters) Ray Villard. “Hubble Sees Boulders Escaping from Asteroid Dimorphos”. (HubbleSite)文/彩恵りり