植物にとって、風などで横倒しにされた状態が続くのは好ましい状況ではありません。そのため、植物は速やかに自分の状態を検知し、反応することが知られています。つまり、植物は重力の向きを検知できる仕組みを持っているということになります。
それでは、重力の向きを感知できない宇宙に持って行った場合、植物はどう反応するのでしょうか? そのような疑問に答えるため、金沢工業大学(金工大)応用バイオ学科の辰巳仁史教授を中心とした共同研究チームが、2014年以降に国際宇宙ステーション(ISS)において、植物の「シロイヌナズナ」を使って実験を行ったことが、2023年7月11日に金工大から発表されました(論文は植物に関する全般を扱う学術誌「Plants」に2022年3月に掲載)。研究チームには羽衣国際大学、名古屋大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者も参加しました。
このシロイヌナズナはいわゆる「ぺんぺん草」の仲間です。一般には雑草の範疇に入る植物の1つですが、科学界では偉大な存在です。シロイヌナズナはゲノム解析が終了しており、遺伝子の働きやタンパク質などについて全植物中で最も詳しく調べられていることから数多くの実験で用いられており、"4大モデル生物"の1つなどと呼ばれています。
シロイヌナズナは小さいので育てるのに場所を取らないこと、発芽から種を付けるまでの一生が約2か月と短いことなどからISSでの実験にも適しており、数多くの宇宙実験で活躍してきました。また、ゲノムサイズも小さく、世界中に生育していて地域ごとに分化していることから、遺伝学的な研究でもメリットの多い植物として知られています。
今回の研究では、遺伝子型の異なる4種類のシロイヌナズナの種子と生育培地をISSに運び、細胞培養装置で発芽生育させた後で地上に戻し、分析が行われました。装置内のシロイヌナズナは、地球の表面と同じ1Gを再現した環境と、ISSの微小重力環境(ほぼ無重力の状態)という、重力の異なる2種類の環境で生育されました。
今回の研究で着目されたのは、植物が細胞膜に持っているイオンチャネル(イオンを通すためのミクロの穴)の1つである「MCA1」です。MCA1は重力の変化の影響を受けるイオンチャネルの1つで、風などで植物が倒れるとMCA1が開き(細胞膜に入口ができる)、植物にとって重要なカルシウムイオンが細胞の外から内へと入っていくことがわかっています。
ちなみにイオンとは、いずれかの原子から電子が少なくなった状態、もしくは逆に多くなった状態のことをいいます。通常、原子は電気的にプラスでもマイナスでもない中性の状態なのですが、イオンはどちらかの電荷を帯びています。カルシウムイオンの場合、電子を失うのでプラスの電荷を帯びた陽イオンとなります。イオンの細胞への出入りは神経を伝わる電流を生じさせるなど、人間を含む生命全般の活動において非常に重要です。
そこで研究チームは、(1)野生そのままのもの、(2)MCA1を機能しないように遺伝子に手を加えたもの、(3)MCA1自体が光るように遺伝子に手を加えたもの、(4)細胞内カルシウムイオンを検出できるようにしたもの(発光試薬「エクオリン」を導入)の4種類のシロイヌナズナの種子を準備して、ISSでの実験を行いました。
実験の結果、微小重力環境下のシロイヌナズナは自分を支えるために、近くに用意されたメッシュに根を絡みつかせることが確認されました。1Gの環境ではこのような根の絡みつきは見られないそうです。シロイヌナズナは重力がほぼない状態を感知し、自分を固定するために根を絡みつかせたのかもしれません。4種類用意されたシロイヌナズナのうち、変異体(前述の(2)~(4))の分析から、根の絡みつきはMCA1によって制御されている可能性があることも明らかになったそうです。
MCA1の機能的な役割は完全に解明されているわけではありませんが、伸ばした根の先端が硬いものにぶつかった時にも大切な役割を果たすことがわかっています。地上で生育する植物は、根を地中へと伸ばしていく時に頻繁に成長方向を変えて土壌中の障害物を避けたり、必要に応じて対象に絡みついたりしますが、それらにMCA1が関わっているのではないかと考えられています。MCA1のすべての機能の解明は、今後の研究に期待しましょう。
今回の研究成果について辰巳教授は、「重力受容におけるMCA1の機能的な役割が解明されると、重力方向の変化に敏感な植物を作成することができ、その植物は風雨などで倒れてもすばやく立ち直ることができるでしょう」とコメントしており、MCA1の機能解明という基礎的な研究が穀物生産の増進に貢献するだけでなく、月や火星といった低重力環境でも元気に育つような植物の品種改良につながると期待を述べています。
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Image Credit: 金沢工業大学 金沢工業大学 - 植物の根はなぜ下に伸び、絡みつくのか。そのメカニズムの一端がISSにおける宇宙実験で明らかに。金沢工業大学応用バイオ学科の辰巳仁史教授の研究グループ Nakano et al. - Entanglement of Arabidopsis Seedlings to a Mesh Substrate under Microgravity Conditions in KIBO on the ISS (Plants) 北海道大学 - 生き物紹介 シロイヌナズナ文/波留久泉