宇宙空間で長期的な住環境を提供する「宇宙ステーション」は、地球外の探査や開発を行う上で重要な中継基地となる可能性を秘めています。宇宙ステーションの建設場所として検討されている選択肢の1つが、太陽系に無数に存在する「小惑星」です。しかし、回転による遠心力で人工的に重力を生み出せるほど巨大な宇宙ステーションを小惑星に建築することは、必要となる資源の膨大さから遠い未来の話と思われてきました。
しかし、ロックウェル・コリンズ社の元技術フェローであったDavid W. Jensen氏は、現在の技術レベルと比較的安価な資金で建設可能な回転式小惑星ステーションの建設方法を提示し、プレプリントをarXivに投稿しました。それによれば、ステーション本体の建設期間は最短で12年、建設費用は41億ドル(約6000億円)で可能であると示しています。居住可能な環境を構築するには追加のコストが必要となるものの、現状の技術レベルでも十分建設可能なことが示されています。
“宇宙ステーション” という単語からは、「ISS (国際宇宙ステーション)」のような宇宙空間に存在する建造物を連想する人が多いと思われます。あるいは、現在検討されている月面基地のように、比較的大きな天体の表面に建設される構造物や、さらには軌道エレベーターのような巨大構造物を想像する人もいるかもしれません。
しかし、太陽系に無数に存在する「小惑星」もまた、宇宙ステーションを建設する場所として注目されてきました。小惑星は地球や月と比べてはるかに小さいため、事実上重力を無視できます。小惑星の中には地球にかなり接近し、相対速度が小さくなるものも多数あるため、到達するのに必要な推進剤 (燃料と酸化剤) の量が少なくて済みます。また、小惑星そのものを原料としてステーションの建材を作ることも可能なので、地球から供給する物資の量は最小限で済みます。さらに、遠心力で人工的な重力を生み出すための回転力を、小惑星の自転から得るなど、他の形式のステーションでは達成することが困難な利点もあります。
ただし、建設には膨大な資源が必要になると予想されることから、実際に建設可能かどうかはあまり検討がされてこなかったため、これまで小惑星での宇宙ステーション建設はほとんどSFであるかのように見なされてきました。しかし、Jensen氏は今回の研究にて、現在の技術レベルであってもそこまで達成困難な目標ではないことを示しています。
■ステーションを作るのに最適な小惑星と方法を提示「リュウグウ」や「ベンヌ」など、いくつかの小惑星を建設場所の候補として示したJensen氏は、その中の最良の候補として163693番小惑星「アティラ(Atira)」を提案しました。アティラは本体が直径約4.8kmの小惑星で、直径約1kmの衛星を持ちます。地球とほぼ同じ軌道を公転しているため、ステーションの内部温度を維持する上で有利だと期待されます。
次にJensen氏はステーション全体の構造について、アティラを中心としたトーラス型 (ドーナツ型) の居住区を配置し、アティラと居住区の間をいくつかの柱で結ぶ構造を提案しました。この自転車の車輪とスポークのような形状は、居住区の面積を増やすために多層構造を採用すること、微小隕石や放射線のような脅威から内部を守ること、回転による遠心力で人工重力を生み出した時に利用しやすいことを考慮した結果辿り着いた形状です。ただし、適切な人工重力を生み出すには、アティラの自転速度を変更する必要があります。
では、このようなステーションを建設する人手はどのように確保するのでしょうか?Jensen氏は自己複製型のクモ型ロボットが建設の役割を担うと想定しています。アティラの資源を利用することで、クモ型ロボットはステーション本体の建材となる無水ガラスをはじめ、岩石粉砕機や太陽光パネル、そして自身の複製といった高度な物品を作成することが想定されています。あらかじめ用意しておく必要があるのはその場で作成することができない電子機器などの最先端技術による部品のみで、他の追加物資は不要なことも想定されています。
■建設コストは高額ながらも非現実的ではないでは、これらを実行するのに必要なコストはどの程度でしょうか?Jensen氏はアティラに最初に送り込むステーションの “種” と言えるカプセルの重量を約8.6トンと計算しました。カプセルには4台のクモ型ロボット、最低限の基礎、クモ型ロボットの自己複製に必要な3000台分の電子機器などが搭載されます。
この “種” はスペースX社が現在運用している「ファルコンヘビー」ロケットにも搭載可能な重量しかありませんし、理論的には “種” 以外の物資を追加供給する必要もありません。Jensen氏は、小惑星でステーション本体の建設に必要な時間は最短12年だと計算しています。ただし、これは本体の建設に要する期間であり、酸素や水といった人間の生存に必要な物資の供給までは含まれていません。
またJensen氏は、この小惑星ステーション建設プロジェクトにかかる総費用は41億ドル(約6000億円)だと試算しました。途方もなく高額な費用であるように思えますが、アポロ計画の総費用が930億ドル(約13兆5000億円)だったことを考えれば、決して高額であるとは言えません。これに近い額として、2020年東京オリンピックで東京都が負担した額(約6300億円)や、大型ハドロン衝突型加速器の建設費(約5000億円)などがあります。
何もない場所から合計10億平方メートル(札幌市や広島市とほぼ同じ面積)、1平方メートルあたりわずか4.1ドル(約600円)のコストで新たな居住区を創造できることを考えると、この小惑星ステーションの建設費用は何人かの億万長者にとって現実的な投資額になるとJensen氏は主張しています。
Jensen氏の主張する小惑星ステーション建設計画が本当に実行可能なのか、仮に実行に移されるとしてもどの程度オリジナルと同じ設計になるのかはまだ分かっていません。しかし今回示されたプレプリントは、SFに出てきそうな巨大なステーションの建設が現状の技術レベルでも達成可能なものであることを示している点で興味深いと言えます。
Source
David W. Jensen. “Autonomous Restructuring of Asteroids into Rotating Space Stations”. (arXiv) Andy Tomaswick. “A New Paper Shows How To Change An Asteroid Into A Space Habitat – In Just 12 Years”. (Universe Today)文/彩恵りり