「太陽系外惑星」の大きさは、地球よりもずっと小さいものから木星よりも大きなものまで様々です。しかし、太陽系外惑星を質量と公転距離で分類してみると、海王星の数倍程度の質量 (地球の数十倍、木星の数分の1) で、なおかつ恒星に極端に近い軌道を公転する惑星はほとんど見つかっていません。この範囲は「ホット・ネプチューン砂漠(Hot Neptune Desert)」と呼ばれていて、条件に当てはまる惑星が希少な理由は現在でもよくわかっていません。
ローマ・トル・ヴェルガータ大学のLuca Naponiello氏などの研究チームは、NASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙望遠鏡「TESS(トランジット系外惑星探索衛星)」の観測データの分析とフォローアップ研究の成果として「TOI-1853b」の発見を報告しました。TOI-1853bの質量と公転軌道はホット・ネプチューン砂漠に位置するだけでなく、平均密度が1立方cmあたり9.7±0.8gと異常に高密度であることが判明しました。TOI-1853bは過去に巨大衝突を経験した可能性があり、ホット・ネプチューン砂漠という惑星の希少性を理解する上での手がかりになる可能性があります。
■ “信じられないほど” 高密度な惑星2018年に打ち上げられた「TESS」は、トランジット法 (※1) で多数の太陽系外惑星候補を発見しています。Naponiello氏などの研究チームは、TESSのデータ分析と追加の観測を行い、1つの惑星「TOI-1853b」を発見しました。
※1…恒星の手前を惑星が横切ると、恒星の一部を惑星が隠すため、恒星の見た目の明るさが減少します。この変化を捉えるのがトランジット法です。明るさの減り方が一定かつ周期的な場合、それは惑星である可能性が高まります。また、明るさの減り具合は惑星の見た目の大きさに比例するため、惑星の直径を知ることができます。
TOI-1853bは、「うしかい座」の方向約540光年先のK型主系列星「TOI-1853」を1.24日ごとに1周するほど小さな軌道を公転しています。このため、TOI-1853bの表面温度は1200℃の高温に達すると推定されています。また、TESSの観測データから推定されるTOI-1853bの直径は地球の3.46±0.08倍(約4万4000km)であり、海王星の約90%に相当することから、TOI-1853bは “熱い海王星” を意味する「ホット・ネプチューン」に分類されます。
TESSのデータ分析に加えて、Naponiello氏らはロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台 (スペイン領カナリア諸島) に設置された「国立ガリレオ望遠鏡」による観測も行い、視線速度法 (※2) で得たデータを分析してTOI-1853bの質量を推定しました。
※2…惑星が恒星の周りを公転すると、恒星が惑星の重力によって引っ張られてごくわずかに運動します。これを地球にいる観測者から見ると、恒星が近づいたり遠ざかったりして見えます。恒星の光は、この見た目の運動によるドップラー効果で波長が変化します。波長変化の度合いは恒星の運動速度によって、そして恒星を引っ張る惑星の質量によるため、ドップラー効果から惑星の質量を推定できます。これを視線速度法と呼びます。
その結果、TOI-1853bの質量は地球の73.2±2.7倍であることが分かりました。これは海王星の約4.3倍であり、これまでに発見された巨大氷惑星のほぼ2倍です。むしろこのサイズは巨大ガス惑星である土星(地球の約95.2倍)に近いスケールであり、ホット・ネプチューン砂漠のほぼ中央に位置します。このため、TOI-1853bは平均密度が1立方cmあたり9.7±0.8gという “信じられないほど(incredibly)” の高密度な惑星であることになります。
この平均密度は、水素とヘリウムが主体の巨大ガス惑星はもちろん、それよりも少し重い物質が主体の巨大氷惑星でもあり得ない値です。太陽系で最も平均密度が高い惑星は地球ですが、それでも1立方cmあたり5.51gです。TOI-1853bは、厳密に直径と質量が測定された既知の惑星の中で最も高密度な惑星の1つなのです。
TOI-1853bほどの高密度な惑星が存在するには、重い元素が豊富に含まれていなければなりません。大雑把に言えば、TOI-1853bは岩石を主体とする地球の拡大版であると考えられます。しかし、通常の惑星形成論に従えば、これほど巨大な岩石の塊が形成されれば自身の重力で周囲の軽い元素を引き寄せて保持し、木星のような軽い元素を主体とする惑星が誕生するはずであり、これほど高密度な天体にはならないはずなのです。
■TOI-1853bは巨大衝突で誕生した?Naponiello氏らは、過去に惑星同士の巨大衝突が起きた結果、TOI-1853bが形成されたと考えています。その場合、TOI-1853bはもともと巨大な岩石惑星(スーパーアース)として形成され、水のような軽い物質が豊富だったと考えられます。そして、過去のいずれかの時点で別の岩石惑星が衝突して軽い物質を吹き飛ばした結果、これほど巨大な岩石惑星が形成されたと想定されます。
Naponiello氏らが示した巨大衝突のシナリオは地球の月を生み出した「ジャイアント・インパクト説」に似ていますが、ジャイアント・インパクト説では天体衝突の速度を9.3km/s程度と推定しているのに対し、TOI-1853bを生み出した衝突の速度は桁違いの75km/s以上だったと推定されています。これほどの巨大衝突が起きる確率が低い場合、このようなタイプの惑星は珍しい存在ということになるため、ホット・ネプチューン砂漠を説明できる可能性があります。
ただし、Naponiello氏らは巨大衝突以外の形成も考えています。通常の惑星形成論で考えると、TOI-1853bは軽い物質を豊富に持つ巨大ガス惑星として誕生した可能性が高くなります。もしもTOI-1853bが極端な楕円の公転軌道を持ち、中心部の恒星に極端に近づく場合、恒星からの熱で軽い物質が蒸発してしまい、さらに潮汐力によって公転軌道が真円に近づきます。すると、TOI-1853bはますます高温で熱せられることになるため、最終的には軽い物質をほとんど失って高密度な岩石の芯だけが残され、現在の姿になる可能性があります。このシナリオは、TOI-1853bがそれほど異常な起源を持たず、通常の惑星形成論に従って誕生した場合でも、現在のような高密度天体になり得ることを示しています。ただしそれでも、かなり巨大な岩石の芯を持つ巨大ガス惑星が形成される必要があるため、その珍しさ次第でホット・ネプチューン砂漠を説明できる可能性があります。
巨大衝突のシナリオで形成された場合、TOI-1853bは岩石と水が質量のほぼ半分ずつを占めていると考えられるため、水蒸気の大気で覆われている可能性があります。一方、軽い物質が蒸発して形成されたシナリオの場合、TOI-1853bはほとんど全てが岩石でできており、質量の1%未満を占める水素とヘリウムの薄い大気を持つと考えられます。いずれのシナリオでも、従来の惑星形成論では予測しがたい興味深い過去を持つことになり、ホット・ネプチューン砂漠ができる原因に迫ることにもなります。
Naponiello氏らは、観測が極めて困難であることを認めつつも、TOI-1853bに存在する薄い大気を分析することで、TOI-1853bの形成シナリオを絞り込むことを次の研究目標に掲げています。
Source
Luca Naponiello, et al. “A super-massive Neptune-sized planet”. (Nature) “New giant planet evidence of possible planetary collisions”. (University of Bristol) Charles Q. Choi. “Scorching Neptune-size world is way too massive for astronomers to explain” (Space.com)文/彩恵りり