この宇宙に存在する銀河はランダムに分布しているのではなく、物理法則に従い規則的に分布していると考えられていますが、銀河の分布に対する影響はとても小さく、観測で見つかる可能性は低いと考えられてきました。
ハワイ大学マノア校のR. Brent Tully氏などの研究チームは、これまでで最大規模の銀河分布図「Cosmicflows-4」を使用した研究により、天の川銀河の比較的近くに存在する直径10億光年にも達する巨大な銀河の泡状構造を発見しました。この構造は、これまで別々の超銀河団として個別に発見されていた大規模構造を含んでいます。Tully氏らは、ハワイの創世神話に因み、この構造を「ホオレイラナ (Hoʻoleilana)」と名付けました。
誕生したばかりの宇宙は高温であり、原子が電子と原子核に分離した「プラズマ」で満たされていました。この状態は、宇宙の温度がプラズマを維持できなくなるほど低くなった、誕生から約38万年後まで続いたとされています。
プラズマの中を進む光は電子や原子核に頻繁に衝突して、粒子どうしの距離を拡大しようとします。一方、重力は物質が集まって質量が増えるほど強くなるため、光とは反対に粒子どうしの距離を縮小させようとする力が働きます。この正反対の力のせめぎ合いによって、プラズマ内では音波に似た圧力波が発生します。これを「バリオン音響振動(BAO: Baryon Acoustic Oscillations)」と呼びます。
BAOは宇宙のあちこちで発生したため、重なり合う波が互いを強め合ったり打ち消し合ったりする場所が発生しました。プラズマが消える約38万年後にはBAOも消えてしまいましたが、波の重なり合いは物質密度のわずかな差を生み出し、最終的には銀河が発生する “種” になったと考えられています。従って、現在観測できる銀河の分布を調べることは、BAOがどのような現象であったのかを調べることにつながり、宇宙の物質構成や膨張速度といったパラメーターを知る手掛かりとなります。
ただし、宇宙の物質密度に対するBAOの影響はわずかなもので、これまでの研究では明確にBAOの影響によるものだと決定づけられた宇宙の構造は存在しませんでした。
■直径10億光年の巨大な泡「ホオレイラナ」発見Tully氏らは天の川銀河の近くにある銀河の分布を調べる研究を行っていましたが、当初はBAOが関わる内容になるとは想像していませんでした。研究に使用されたのは、銀河の分布図としては最大規模かつ正確なものとなる「Cosmicflows-4」でした。
ところが研究を進めるうちに、Tully氏らは天の川銀河近くの宇宙に特徴的な構造があることに気づきました。それは地球から約6億8000万光年 (※1) 離れた場所を中心に、多くの銀河がリング状に分布しているように見えました。後の調査で、これはリングではなく、3次元的な泡のような構造であると推定されました (※2) 。
※1…赤方偏移の値はz=0.068。この研究ではハッブル定数について独自の推定を行い (詳しくは後述) 、その値を76.9km/s/Mpcとして距離を計算しています。一方、通常の遠方宇宙までの距離計算で参照される67.7km/s/Mpcを採用する場合、距離は約9億7000万光年となります。
※2…ホオレイラナの泡のような球面構造という推定は、主に地球に近い銀河の分布で推定されています。遠い銀河になるほど分布が不正確となり、球面を構成しているかどうかも曖昧となっています。また、最も遠い球面の一部はCosmicflows-4の範囲外であり、データが欠損しています。
この構造は、Tully氏らによって「ホオレイラナ」と名付けられました。これは、ハワイの創世神話『クムリポ (Kumulipo)』における “Ho'oleilei ka lana a ka Po uliuli,”(深い暗闇から目覚めのささやきが聞こえた)という一節に因んでいます。泡状構造という推定が正しい場合、ホオレイラナは直径10億光年もの超巨大な構造となります。今回の研究チームは、2014年に天の川銀河も含まれる「ラニアケア超銀河団」という幅5億光年もの巨大構造を発見してますが、今回報告されたホオレイラナはそれを上回る、天の川銀河に比較的近い宇宙では最大の構造です。
ホオレイラナの発見により、これまでに知られていた宇宙の大規模構造のいくつかは、ホオレイラナの構成要素であることが分かりました。「スローン・グレートウォール」「かんむり座超銀河団」「おおぐま座超銀河団」「おとめ座-かみのけ座超銀河団」などは、ホオレイラナの泡状構造を構成する超銀河団であることが判明しました。また、ホオレイラナの中心付近には「うしかい座超銀河団」があり、ホオレイラナの内部には「うしかい座ボイド」も存在します。
ホオレイラナはあまりにも巨大なため、これまでそのような構造が存在するとは気付かれていませんでした。一部の超銀河団の配置をもとに、かなり大規模な構造が存在すると推定した研究成果は2016年には報告されていたものの、全容が判明していなかったため、泡状構造の特定には辿り着いていませんでした。
Tully氏らがこの結論に辿り着くことができたのは、Cosmicflows-4という広範囲をカバーした銀河の分布図があったおかげです。ホオレイラナが統計学上の偶然である確率 (たまたま銀河が直径10億光年の泡状構造に分布した確率) は1%未満であると見られています。
■宇宙論にも影響する発見ホオレイラナが創世神話に因んで命名されたのは、初期宇宙の “ささやき” とも言えるBAOに関係しています。BAOによって生成された構造は、BAOが存在できる約38万年の間に移動できる距離に制限されるため、これまでその最大値は5億光年だと考えられてきました。ホオレイラナはその制限を大幅に破る巨大構造であるため、ホオレイラナを生み出す何かしらの説明が必要です。
Tully氏らは、初期の宇宙の膨張速度がこれまでの推定よりもずっと大きかったという説を提唱しています。宇宙の膨張速度を表す「ハッブル定数(H0)」には、近くの宇宙で測定した場合の値と、遠い宇宙で測定した場合の値に大きな差が生じる「ハッブル緊張(Hubble tension)」という大きな謎があります。Tully氏らは、ホオレイラナの存在を説明する最も適したハッブル定数は76.9km/s/Mpcだと独自に割り出していますが、この値は近くの宇宙で測定されたハッブル定数の値とよく一致します。
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ホオレイラナの存在は、現状の宇宙論に何らかの不備があることを示す1つの証拠です。数億光年の距離にあるホオレイラナは、宇宙論の研究においては “近所” と言えるほど近い距離にあるため、ホオレイラナの観測によってBAOやハッブル定数と言った宇宙の大きな謎についての手がかりが得られる可能性は十分にあります。
Source
R. Brent Tully, Cullan Howlett & Daniel Pomarède. “Ho'oleilana: An Individual Baryon Acoustic Oscillation?”. (The Astrophysical Journal) “Vast bubble of galaxies discovered, given Hawaiian name”. (University of Hawaiʻi at Mānoa)文/彩恵りり