米中2機の火星探査機による、太陽のコロナ質量放出(CME)が火星大気に与える影響を観測した成果が2023年8月8日付けで「The Astrophysical Journal」誌に掲載されました。
CMEは太陽活動にともなって太陽コロナ中のプラズマが大量に放出される突発的な現象で、太陽風と相互作用しながら惑星間空間を伝播していくと惑星間コロナ質量放出(ICME)と呼ばれます。
ICMEが地球に到達すると地球を保護している磁場に乱れが生じます。その結果として鮮やかなオーロラが発生することがあり、私たちの目を楽しませてくれます。地球の大気は強力な磁場によって保護されているため、多くの場合ICMEが地球上の人間や社会活動に大きな影響を及ぼすことはありません。
しかし、宇宙空間では状況が異なります。ICMEにより発生した高エネルギー粒子によって国際宇宙ステーション(ISS)に搭乗している宇宙飛行士は被爆する危険性が高まり、人工衛星や搭載機器が損傷する可能性もあります。
一方、現在の火星には固有の磁場が存在せず、火星の大気は磁場によって保護されていません。そのため、将来の火星ミッションにとって、ICMEと火星への移動や火星の居住可能性との関連は重要な課題となります。さらに本研究は、火星大気の進化の理解にも役立ちます。
2021年12月4日に太陽で発生したCMEはICMEとなり、第1回水星スイングバイを行ったばかりの「ベピコロンボ」探査機(※1)を通過した後、12月10日に火星に到達しました。ICMEの到達を待ち構えていた「天問1号」(※2)は太陽に照らされた火星の昼側から、「MAVEN」(※3)は夜側から観測を実施しました。
※1:宇宙航空研究開発機構 (JAXA) と欧州宇宙機関 (ESA)が2018年に打ち上げた水星探査機
※2:中国が2020年に打ち上げた火星探査機
※3:アメリカ航空宇宙局(NASA)が2013年に打ち上げた火星探査機。火星の上層大気や太陽風との相互作用の調査が主な目的
ICMEが火星の昼側に到達すると、太陽風の動圧によって火星の電離層は圧縮され、プラズマ密度が急激に変化する「電離層界面」の高度が数日かけて徐々に低下していきました。また、MAVENは夜側に存在するイオンの大幅な減少を測定しました。
地球の通常の状態では、電離層のプラズマの一部が夜側に移動しますが、火星の場合はイオンがICMEによって下流に押し流され、大気から宇宙空間へ流出したことを示唆しています。
火星大気はごく一部しかイオン化していないため、ICMEによって散逸した大気はごく少量に留まります。しかし、数十億年にわたるタイムスパンを考慮すると ICMEによる複合効果はより大きくなる可能性があります。イオンの大気からの散逸は火星大気の進化を形作った可能性が高く、火星を温暖で住みやすい惑星から、今日のような乾燥した過酷な世界に変える役割を果たしたと考えられます。
近年、太陽活動に伴う「宇宙天気」が注目を集めていますが、本研究は、ICMEの強力な磁場と高い動圧がもたらす宇宙天気が火星大気に及ぼす影響を浮かび上がらせたと言えるでしょう。
Source
Image Credit:NASA/LASP/CU Boulder、ESA/NASA/SOHO、Yu et al. 2023 AAS Nova - Solar Storm Versus Mars The Astrophysical Journal - Tianwen-1 and MAVEN Observations of the Response of Mars to an Interplanetary Coronal Mass Ejection文/吉田哲郎