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ブラックホール「いて座A*」は理論上の最高に近い速度で自転していることが判明

sorae.jp 2023年11月21日 20時48分

ブラックホールの自転速度は、ブラックホール周辺の環境に影響する重要なパラメーターであると考えられています。このため、ブラックホールの自転速度を正確に算出することは重要です。

ペンシルベニア州立大学のRuth A. Daly氏などの研究チームは、天の川銀河中心部に存在する超大質量ブラックホール「いて座A*(いてざエースター)」のX線および電波の観測データを分析し、自転速度を表す回転パラメーターを0.90±0.06と算出しました。これはブラックホールの理論的な自転速度の上限にほぼ近い値です。

【▲ 図: いて座A*の画像(Credit: EHT Collaboration)】

■ブラックホールの自転を表す「回転パラメーター」

地球をはじめ、様々な天体が自転という回転運動をしています。その回転速度は様々ですが、どの天体にも物理的な限界が存在します。地球などの惑星や太陽のような恒星の場合、回転速度が高すぎて、遠心力によってバラバラに砕けてしまうのが自転の限界となります。

一方で「ブラックホール」の場合、他の天体とは事情が異なります。ブラックホールは何らかの物体で構成された天体ではなく、「事象の地平面」で定義される時空の性質であるため、物質と同じような定義で回転速度の限界を考えることはできません。事象の地平面とは、これより内側に入った物体やエネルギーは、例え光速であっても再び外側に逃げ出すことができない境界面のことであり、ブラックホールが光でも逃げ出せないという性質の根幹となります。

一般相対性理論を自転するブラックホールについて解くと、ある速度より速く自転するブラックホールは、事象の地平面が消えてしまいます。ブラックホールは事象の地平面より内側に存在する時空であるため、事象の地平面が消えてしまう条件ではブラックホールは存在できなくなると考えられています (※) 。これはa_*という記号で表される「回転パラメーター」という数値で表され、全く自転しないブラックホールは回転パラメーター0である一方、事象の地平面が消えてしまう限界値では回転パラメーターは1となります。つまり存在可能なブラックホールは、回転パラメーターが0から1の間に収まります。

※…事象の地平面が消滅したブラックホール、つまり裸の特異点が存在しないという仮説は「宇宙検閲官仮説」と呼ばれています。ただし宇宙検閲官仮説は証明も反証もされていません。

見つかっている多くのブラックホールは回転パラメーターが1に近い高速で自転をしていますが、これは太陽の数倍程度の質量を持つ「恒星質量ブラックホール」での話です。多くの銀河の中心部に存在する「超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)」の回転パラメーターは多くの場合で未知です。

■「いて座A*」の回転パラメーターが判明

Daly氏などの研究チームは、天の川銀河の中心部に存在する超大質量ブラックホールである「いて座A*」の回転パラメーターの算出を試みました。ブラックホールそのものの自転を直接観測することはできないため、ブラックホールの周りを取り巻く物質である降着円盤からの放射を観測することで、いて座A*の回転パラメーターを算出します。

Daly氏らは、いて座A*に関するX線と電波での観測結果から、それぞれの降着円盤の回転速度を推定し、その値からいて座A*の回転パラメーターを算出しました。その結果、回転パラメーターは0.90±0.06という値となりました。これは1に非常に近く、いて座A*は理論的な限界に近い速度で自転していることを示しています。

■超大質量ブラックホールの回転パラメーターは銀河にとって重要

超大質量ブラックホールの回転パラメーターが分かると、どのようなことが分かるのでしょうか?例えば過去の研究では、いて座A*の回転パラメーターは0.44というかなり小さな値が推定されたことがありました。一方で、超大質量ブラックホールは周りの物質を吸い込んで自転速度を上げる傾向にある、つまり回転パラメーターが上昇する傾向にあると考えられているため、これは矛盾します。しかし今回の研究では、0.44と推定した研究とは研究手法が異なるものの、より矛盾の少ない結果が得られています。

また、ブラックホール周辺の環境は、自転している場合と自転していない場合とでは大きく異なります。ブラックホールの自転は降着円盤からの放射などに影響し、ひいては銀河の進化など、より大きな範囲に影響を与えます。いて座A*が大きな回転パラメーターを持つことは、超大質量ブラックホールを持つと考えられる多くの銀河の環境や進化を考える上でも影響するかもしれません。

 

Source

Ruth A. Daly, et al. “New black hole spin values for Sagittarius A* obtained with the outflow method”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) Brian Koberlein. “The Milky Way's Black Hole is Spinning as Fast as it Can”. (Universe Today) Y. Kato, et al. “Measuring spin of a supermassive black hole at the Galactic centre — implications for a unique spin”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society: Letters)

文/彩恵りり

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