大気分子が発光する「大気光」は、大気を持つ様々な惑星で観測されています。その中でもこれまで観測されていなかったものの1つとして、火星の夜側での可視光線領域の大気光があります。
リエージュ大学のJ.-C. Gérard氏などの研究チームは、ESA(欧州宇宙機関)とロスコスモスの火星探査機「TGO(トレース・ガス・オービター)」の観測データから、夜側では初めて可視光線領域の大気光を観測することに成功しました。大気光は酸素原子(原子状酸素)が酸素分子(O2)へと結合することによって放たれる緑色の光であり、場所によっては夜間に視認可能なほど明るいことが分かりました。
新月の日に街明かりがない場所で夜空を見上げても、完全に暗い空を観測することはできません。大気分子が放つ「大気光(Airglow)」が、わずかながら大気を照らしているためです。夜間に観測可能なため「夜光(Nightglow)」とも呼ばれますが、実際には昼夜を問わずに発生しています。
大気光の発生理由は様々ですが、代表的な発生源は太陽光によって分解された大気分子が再度結合する際に放つ光です。そしてこの発生過程による大気光は地球だけでなく、金星や木星でも観測されています。
一方、火星では赤外線および紫外線の大気光がすでに知られています。また、可視光線である緑色の光も昼側では観測に成功しています。これは大気の主成分である二酸化炭素が日光によって分解される過程で発生するものであり、高度40~150kmで発光しています。しかしこれまでに、火星での夜光と言える、夜側での可視光線の大気光は観測されたことがありませんでした。
■火星の緑色の大気光の観測に初成功!Gérard氏らの研究チームは、ESAとロスコスモスの火星探査機「TGO」で、火星における可視光線領域の大気光の観測を試みました。TGOには観測機器の1つとして、赤色から紫外線までの光を波長別に観測することのできる分光器「NOMAD」が搭載されています。しかし高性能なNOMADを駆使しても、夜光はかなり弱いことが予想されるため、火星の夜側の縁を見るように観測機器を向けました。
観測データを分析した結果、火星の夜側で初めて可視光線領域の大気光を観測することに成功しました。観測されたのは緑色の光であり、これは2個の酸素原子が結合して1個の酸素分子になる過程で放出される光です。この大気光は地球や金星では観測されたことがあるものの、火星では初めて観測に成功しました。
酸素による緑色の大気光は、火星の冬半球の極地、高度40~60kmで最も強く輝いていることが分かりました。その明るさは、地球で見た月明かりに照らされる雲と同程度です。もしも火星の極地に人がいれば、良く晴れた夜空が緑色に輝いているのを観察できるでしょう。
■惑星の大気循環を探る指標にこの研究結果は、単に火星の夜が緑色であることを示しただけに留まらず、火星全体の大気循環を追跡するために重要な情報を提供します。緑色の光の元となる酸素原子は、昼側での大気光の原因となる二酸化炭素分子の分解で発生したと考えられます。そして二酸化炭素分子の分解は太陽光の作用によって進むため、最も分解が進むのは夏半球の昼側ということになります。
一方で大気光が強く輝いている、つまり酸素原子が結合しているのは、冬半球の夜側です。つまり酸素原子は、火星をほぼ半周して移動していることになります。この推定は、火星の半年後 (地球の約340日後) に同じ観測を行った結果でも裏付けられています。半年後には北半球と南半球で季節が逆転し、夜間の大気光が最も強い側も入れ替わることが観測されているためです。
酸素原子は不安定で、すぐに他の分子と結合しようとすることを考えると、大気中の輸送は興味深い発見です。同じような輸送は金星でも発見されているため、この研究結果は地球と似た惑星での大気循環を探る上での基礎的な情報となるでしょう。また、直接観測が困難な他の大気分子の輸送や化学反応を推定する上でも、このデータは役立つはずです。
Source
J.-C. Gérard, et al. “Observation of the Mars O2 visible nightglow by the NOMAD spectrometer onboard the Trace Gas Orbiter”. (Nature Astronomy) Lauriane Soret& Jean-Claude Gérard. “Glow in the visible range detected for the first time in the Martian night”. (Université de Liège) “A green glow in the martian night”. (ESA)文/彩恵りり