「金星」を紫外線で見ると、特定の波長で暗く見える斑点構造が見つかります。これは雲の中に含まれている物質が紫外線を吸収していることを意味しますが、物質の正体はこれまではっきりと分かっていませんでした。
ケンブリッジ大学のClancy Zhijian Jiang氏などの研究チームは、金星の雲の環境を再現するために、様々な物質が含まれた硫酸溶液を合成し、紫外線の吸収波長を調査しました。その結果、2種類の硫酸鉄化合物が観測値を最もよく説明することが明らかにされました。金星の環境は興味深い研究対象であり、この研究結果は金星の大気化学に関する大きな成果の1つとなるでしょう。
「金星」は地球とほぼ同じ直径・質量の惑星ですが、大気環境は大きく異なります。金星の大気は9割以上が二酸化炭素で構成されており、表面の気圧は地球の90倍に達していることに加えて、硫酸が含まれているために極度の酸性を示しています。金星の大気環境は他のどの天体にも類例が存在しないことから、大気化学の分野で特に注目されています。
ただし、あまりにも環境が独特過ぎて比較対象がないために、金星の環境を分析する研究は困難です。このため、分析ができていない観測データは無数にあります。その1つが紫外線による観測データです。金星を紫外線で観測すると、一部が暗く映る斑点状の構造が生じます。これは金星上空の高度48~65kmに浮かぶ雲に由来すると考えられています。
高度48~65kmは、熱が支配的な下層部と光が支配的な上層部の中間部であり、金星の大気の中でも特に注目されている領域の1つです。その雲が紫外線で写るということは、雲の中に紫外線を吸収する物体が存在することになります。では、紫外線を吸収する物体はどのような化学組成を持っているのでしょうか?その候補は無数にあるため、これまで解明されていませんでした。
■紫外線を吸収する2種類の硫酸鉄を特定Jiang氏らの研究チームは、金星の雲に含まれている成分を特定するための実験を行いました。金星の雲には鉄と硫黄が多く含まれていることが既に分かっています。また、鉄と硫黄が化合した硫酸鉄は紫外線をよく吸収します。このため、金星の雲の中には硫酸鉄が含まれている可能性があります。ただし、硫酸鉄には化学組成の細かな違いが生じるため、候補が無数にある状況には変わりがありません。
このためJiang氏らは、実験を行うことで成分の正確な正体を探ることにしました。様々な組成の硫酸鉄を合成し、様々な濃度の硫酸に溶かしてできた硫酸鉄の硫酸溶液を、金星が受けるであろう太陽光を再現した光源に照らすことで、どの波長の紫外線を吸収するのかを観測しました。
その結果、「ロンボクレース(Rhomboclase / (H5O2)Fe(SO4)2・3H2O)」と「酸性硫酸第二鉄(acid ferric sulfate / (H3O)Fe(SO4)2)」という2種類の硫酸鉄が、金星の紫外線吸収を最も良く説明できることが判明しました。いずれも硫酸に対する重量比が約1% (約1wt%) の濃度で含まれていると考えられています。
この研究は金星に関する謎を1つ明らかにしたものの、謎はまだまだ多くあります。例えばこれらの硫酸鉄は塩化鉄のような揮発しやすい別の鉄化合物からの反応によって生じたと考えられていますが、その反応機構は正確には分かっていません。また、金星の大気上空へ重い鉄を供給するメカニズムも不明です。硫酸鉄は二酸化硫黄を吸収するものの、金星で観測されている二酸化硫黄の局所的な減少を説明するには不足しています。
このように挙げられた謎は、金星の大気に関する謎のほんの一部です。それでも金星の紫外線吸収に関する謎の解明は、金星の大気化学に関する大きな成果の1つとなるでしょう。
Source
Clancy Zhijian Jiang, et al. “Iron-sulfur chemistry can explain the ultraviolet absorber in the clouds of Venus”. (Science Advances) “Mysterious missing component in the clouds of Venus revealed”. (University of Cambridge)文/彩恵りり