私たちの宇宙について、広い目線で見れば天体や物質の分布が均質であるという「宇宙原理」が広く信じられています。しかし近年の観測では、宇宙原理に反すると思われる巨大構造物(宇宙の大規模構造)がいくつも見つかっています。
セントラル・ランカシャー大学のAlexia Lopez氏は、地球から約92億光年離れた位置(※)に、直径が約13億光年にも達する巨大構造物「ビッグ・リング(Big Ring)」を発見したと、アメリカ天文学会(AAS)の第243回会合の記者会見で発表しました。Lopez氏は2021年にも同様の巨大構造物である「ジャイアント・アーク(Giant Arc)」を発見していますが、両者は非常に近い位置と距離にあります。これは宇宙原理に疑問を呈する発見です。
※…この記事における天体の距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した「共動距離」での値です。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは「光行距離 (または光路距離)」と呼ばれます。また、2つの距離の表し方が存在することによる混乱や、距離計算に必要な数値にも様々な解釈が存在するため、論文内で遠方の天体の距離や存在した時代を表すには一般的に「赤方偏移(記号z)」が使用されます。
宇宙には恒星や惑星、銀河や銀河団など、物質が集まって塊となっている構造が無数にあります。観測技術が未発達だった時代の人類は、その様子を観察して地球や太陽が宇宙の中心にあると考えたり、あるいは宇宙には銀河が1つしかないと考えていました。
ところが、観測技術の発達で数十億光年のスケールに渡って銀河の分布が調べられるようになると、銀河の分布に特別な点は見当たらず、どこを切り取っても同じように見えることが明らかにされました。宇宙に特別な場所はなく、どの位置や方向で見ても同じように見えることは、やがて「宇宙原理」と呼ばれるようになりました。初期の宇宙に由来する光 (宇宙マイクロ波背景放射) を観測すると、物質やエネルギーのデコボコが非常に小さくて均質に見えるという結果からも、宇宙原理は支持されています。
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ただ、非常に遠い銀河の正確な数や地球までの距離を望遠鏡で観測することや、それらをまとめて1つの情報として分析することは、処理すべき情報量が膨大であることから困難です。そのような研究が可能になった1990年代以降、宇宙原理に反するように思える巨大構造物が複数見つかるようになりました。
■直径約13億光年の「ビッグ・リング」を発見セントラル・ランカシャー大学のAlexia Lopez氏は、アメリカ天文学会の第243回会合の記者会見で、宇宙原理に反するように思える新たな構造物を発見しました。Lopez氏が「ビッグ・リング」と名付けたこの巨大構造物は、膨大な銀河やクエーサーの位置がデータ化されている「スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)」の分析によって見つかりました。銀河やクエーサーまでの距離はマグネシウムイオンによる吸収スペクトルを基準に測定されました。
ビッグ・リングは地球から見て「うしかい座」の方向に約92億光年離れた位置にあり(赤方偏移約0.802)、これは現在と比べて宇宙の大きさが半分程度であった時代です。ビッグ・リングは銀河やクエーサー、その他の光を発する天体で構成された環状の巨大構造物であり、直径は約13億光年、円周は約41億光年もあります。ただし、地球からは見た目の構造が環状に見えているだけであり、より厳密な分析ではコルクスクリューのような螺旋構造を持っていることが示されているとLopez氏は説明しています。
ビッグ・リングの直径は、宇宙原理で自然発生が許される構造物の最大の大きさである12億光年を超えています。Lopez氏の計算では、銀河やクエーサーが特に何の理由や原因もなく、たまたま巨大な環状構造を作る確率は約0.00002%(5.2σ)であるため、ビッグ・リングは偶然の産物ではなく何らかの意味を持つ構造である可能性が極めて高いと考えられます。
宇宙原理を破らずに、かつ12億光年を超える巨大構造物が生成される理由としては「バリオン音響振動(BAO)」という現象が考えられます。2023年には、このバリオン音響振動に関連して生成されたと考えられる泡状構造「ホオレイラナ(Hoʻoleilana)」が発見されています (詳細は下記関連記事を参照) 。
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ただし、バリオン音響振動で生成される巨大構造物は、ホオレイラナのように3次元的な球状構造であると考えられている一方で、ビッグ・リングは2次元的な環状構造です。バリオン音響振動がビッグ・リングの生成に関与しているのかは現時点では不明です。
■似たような巨大構造物「ジャイアント・アーク」の近くにあるむしろ、ビッグ・リングの発見は、他の巨大構造物とセットで考えるとより重要な意味を持ちます。Lopez氏は2021年にも、ビッグ・リングと同程度の巨大構造物である「ジャイアント・アーク」を発見しています。ジャイアント・アークは長さ約33億光年の巨大構造物であり、やはりバリオン音響振動で説明できる大きさを大幅に超えています。また、ビッグ・リングの円周はジャイアント・アークに匹敵する大きさです。
ジャイアント・アークは地球から約92億光年離れた位置にあり、これはビッグ・リングと同じ距離です。それに加え、地球から見た位置はお互いに約12度しか離れていません。これほど至近距離に、宇宙原理を破る2つの巨大構造物が存在することは、現代宇宙論では説明ができません。
Lopez氏は、ビッグ・リングとジャイアント・アークが生成する理由となるユニークな仮説を2つ提唱しています。1つ目は「共形サイクリック宇宙論(CCC)」によって発生した、前の宇宙の構造の名残であるという可能性です。共形サイクリック宇宙論とは、2020年ノーベル物理学賞受賞者のロジャー・ペンローズ氏によって2010年に提唱された宇宙論で、「今いる私たちの宇宙は、前の宇宙が潰れた後に反発し、膨張して生まれたもの」というものであり、より先駆的で似たような形式の「サイクリック宇宙論」における理論上の問題を改善したものです。ペンローズ氏によれば、共形サイクリック宇宙論によって、前の宇宙の巨大構造物の名残が継承される可能性が指摘されています。
2つ目は「宇宙ひも」によるという説です。宇宙ひもとは1970年代に提唱された時空の構造的欠陥であり、ひもと呼ぶように線状の構造を持ちます。宇宙ひもの周りでは時空の性質が異常になるため、巨大構造物を作るのに関与するという説が、2019年ノーベル物理学賞受賞者のジェームズ・ピーブルス氏によって提唱されています。
■宇宙原理を修正する発見となるかもしれない今のところ、共形サイクリック宇宙論も宇宙ひももかなり野心的な仮説であり、現代宇宙論を置き換えるほどの証拠が揃っていません。しかし、Lopez氏がビッグ・リングとジャイアント・アークを発見したように、現在使用されている単純な形式の宇宙論や宇宙原理が成立していない可能性は年々高まっています。
今まで信じられてきた宇宙論や宇宙原理がどこかで破綻する可能性は高いでしょう。その修正が、今までの宇宙論の大半を否定する全く新規のものとなるか、あるいは非常に小さく目立たないものになるのかは今のところ誰にも分かっていませんが、これらの観測証拠は理論の修正案を考える上で重視されることでしょう。
Source
“A Big Cosmological Mystery”. (University of Central Lancashire)文/彩恵りり