「ヴィルト第2彗星」は、NASA(アメリカ航空宇宙局)の「スターダスト」計画によって塵のサンプルが採集されています。採集からもうすぐ20年となりますが、現在でも分析が続いています。
セントルイス・ワシントン大学のRyan C. Ogliore氏は、数年もの歳月をかけてヴィルト第2彗星の塵のサンプルを分析した結果、当初の予測よりも極めて多様な組成を持つことを明らかにしました。これは彗星そのものや、彗星の組成を通じて誕生直後の太陽系の様子を推定する研究に一定の影響を与えるかもしれません。
美しい尾が特徴的な天体である「彗星」には、氷などの揮発性物質が豊富に含まれています。揮発性物質が熱で昇華すると、揮発しない岩石成分が本体から分離して、塵として放出されます。彗星の核は太陽系の誕生時に太陽系の外側で形成されたものであり、形成時からほとんど変化せずに存在してきたと考えられています。このため、彗星のサンプルを分析すれば、太陽系の天体の素となった原始分子雲物質、つまり星間物質や星周物質が見つかるとこれまで考えられていました。
彗星の1つである「ヴィルト第2彗星」は、NASAのディスカバリー計画の下で打ち上げられた彗星探査機「スターダスト」によって探査され、そのような塵のサンプルが採集されました。サンプルは2006年に地球へと帰還しています。
これまでに提出された100以上の論文では、個々の塵について分析や研究が行われています。しかし、スターダストで採取された塵は数千個も存在し、そのほとんどは分析されていません。このため、個々の塵に関するピンポイントな情報はあっても、ヴィルト第2彗星の全体的な性質についてはほとんど分かっていませんでした。
■数年かけての分析で見えてきた、ヴィルト第2彗星の塵の多様性Ogliore氏は、数年という長い時間をかけて多くの塵を分析し、ヴィルト第2彗星が何でできているのかを分析しました。その結果、ヴィルト第2彗星の塵には、星間物質のような、太陽系誕生前に生成された物質は極めて少ないことが判明しました。この結果が驚くべきものであることを、研究のプレスリリースでは「(彗星の塵は) 探査機の名前の由来である “スターダスト (星屑≒星間物質)” が支配的であると予想していた」と表現しています。
また、小惑星同士の衝突で生成される破片もかなり少ないことが判明しました。さらに、太陽系誕生時に形成された後で変質していない、原始的なコンドライト隕石に類似する物質も多くありました。しかし、炭素鉄の集合体や、高温で生じた小球のような、隕石には見られない物質も見つかりました。
ヴィルト第2彗星の塵は非常に多種多様であり、今までに研究されたどの小惑星とも似ていません。このことから、ヴィルト第2彗星の形成の歴史は非常に複雑であり、様々な起源を持つ物質の集合体であることが予想されます。
誕生直後の太陽系は、太陽活動によって吹き飛ばされるまでは塵やガスに覆われていたと考えられていますが、木星のような巨大惑星の公転軌道付近では、重力の影響によって塵やガスが無くなっていたと考えられています。Ogliore氏は塵の分析結果に基づき、ヴィルト第2彗星は太陽系の内側と外側の両方の物質が集合してできたと予測しました。内側と外側の境目は木星の公転軌道であり、熱の影響を受けやすい場所と受けにくい場所との境目でもあります。
ヴィルト第2彗星の塵が極めて多様性に富んでいるという分析結果は、ヴィルト第2彗星の複雑な起源を示しています。このことは、個々の塵を分析することで誕生直後の太陽系に関するさらに多くの情報が得られる可能性を示唆します。ヴィルト第2彗星の塵で詳細な分析が行われていないものはまだ多くあるため、今後の研究はヴィルト第2彗星の、そして太陽系や彗星についてさらなる視点を与えてくれるでしょう。
Source
Ryan C. Ogliore. “Comet 81P/Wild 2: A record of the Solar System's wild youth”. (Geochemistry) Chris Woolston. “Samples from a Wild comet reveal a surprising past”. (Washington University in St. Louis)文/彩恵りり