小惑星の軌道を意図的に変更できるかどうかを検証した、NASA(アメリカ航空宇宙局)の小惑星軌道変更ミッション「DART」では、目標天体となった小惑星の衛星「ディモルフォス」の公転軌道を変更することに成功しました。実験は事前に予測されていない結果ももたらしており、その1つは幅数mの岩がいくつも飛び出したことでした。
NEOCC(地球近傍天体調整センター)のMarco Fenucci氏とINAF(イタリア国立天体物理学研究所)のAlbino Carbognani氏の研究チームは、DARTミッションで飛び出したことが観測された37個の岩の軌道を追跡したところ、そのうち4個が将来的に火星に衝突する可能性があることを突き止めました。この分析結果は、地球や火星に衝突する小さな天体の起源を考察する上で重要となるかもしれません。
今から約6600万年前に起きた白亜紀末の大量絶滅は、小惑星の衝突によって引き起こされたという説が有力視されています。もしも同じような天体衝突が起きれば現在の文明は壊滅的なダメージを負うことになるため、喫緊の課題ではないにしても、天体衝突を回避する方法の模索が続けられています。現在の技術で最も現実的な方法の1つは、人工物を高速で小惑星に衝突させ、その運動エネルギーで軌道を変化させることです。
NASAの小惑星軌道変更ミッション「DART」は、まさにこの手法が可能かどうかを調べるために行われたミッションです。DARTミッションでは、65803番小惑星「ディディモス」の周りを公転する衛星「ディモルフォス」に探査機本体を衝突させ、その公転軌道を減少させられるかどうかを検証しました。
2022年9月26日、DARTはディモルフォスに衝突しました。宇宙と地上の両方で観測を行ったところ、衝突の結果には予想外なものも含まれていました。例えば、公転軌道の縮小による公転周期の短縮は約10分と予想されていましたが、実際には3倍以上の約33分でした。これほど予想がズレた理由は、ディモルフォスが一塊の岩ではなく無数の小さな岩が緩く結合した構成をしているためであると考えられています。このような構造をしていると、衝突後の影響をシミュレーションで正確に推定するのが困難です。
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別の予想外な結果として、ディモルフォスから飛び散った岩が挙げられます。ハッブル宇宙望遠鏡の観測により、ディモルフォスから飛び出した直径1~7mの岩が合計37個追跡されました(※1)。これほど大きな岩が多数飛び出すことも事前に予測されていませんでした。これらの岩は衝突時のエネルギーによって直接飛び出したのではなく、緩く結合した岩片で構成されているディモルフォス全体が衝突の衝撃によって揺さぶられた時の反動で飛び出したと考えられています。
※1…ただし観測能力の限界により、正確に推定可能な直径の最小値は4mであるとされています。
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Fenucci氏とCarbognani氏の研究チームは、DARTから飛び出した岩の運命を確かめるために、2万年後までの公転軌道の変化を推定しました。これほど小さな天体の公転軌道を正確に推定することは、通常ならば不可能です。しかし今回の場合は、ディモルフォスという明確な基準点と、そこから飛び出した正確な時間が分かっていることから、より正確な公転軌道が計算できるため、この研究が可能となりました。
37個の岩について、誤差を考慮してシミュレーションを繰り返したところ、地球には少なくとも今後2万年間は衝突しないことが分かりました(※2)。しかし火星には、少なくとも4個の岩が衝突する可能性があることが分かりました。そのうち2個は約6000年後に、残り2個は約1万5000年後に衝突する可能性があります。
※2…最も近づくのは約2500年後の約300万km。
直径数mの岩が衝突した場合、地球では大気圏で完全に燃え尽きるか、小さな破片しか残らないでしょう。しかし、火星は地球の約0.75%という薄い大気しかないため、ほとんど抵抗を受けずに落下する可能性があります。両氏はこの影響も検証しており、岩が比較的頑丈な場合はほとんど質量を失わずに地表へ落下し、直径200~300mのクレーターが形成されると予測しました。ただし、ディモルフォスの岩が頑丈であるかどうかは明確ではありません。予想以上に脆い場合は空中で砕けてしまい、地表に明確な影響が現れない可能性もあります。
火星の地表には今のところ生命は見つかっていませんが、数千年後には人類が火星に基地を設けている可能性は十分にあります。そして、このような直径数m程度の小さな小惑星は観測することが困難です。遠い将来の話にはなるものの、十分な大気に保護されていない火星の地表にある基地は、たとえ小さな天体であっても衝突リスクを抱えることにはなるでしょう。
■地球で見つかる隕石の起源に迫る研究今回の研究結果は、地球に落下する天体の起源に関しても興味深い洞察を与えます。地球には毎日数万個もの天体が落下しており、その内の10個から50個ほどは隕石として地表に到達していると推定されています。これらの隕石の起源について、伝統的には火星と木星の間にある小惑星帯の小惑星が起源である、と見なされてきました。
しかし、観測能力の向上によって、地球のすぐ近くを通過する「地球近傍小惑星」の存在が明らかになると、地球近傍小惑星から飛び出した破片が隕石として落下しているのではないか?という説が出てきました。例えば、落下前に宇宙空間で発見された珍しい小惑星の1つである「2018 LA」(隕石名「モトピ・パン隕石」)は、当初は小惑星帯にある4番小惑星「ベスタ」が起源であると考えられましたが、その後の研究で地球近傍小惑星である直径約500mの454100番小惑星「2013 BO73」が起源ではないかとする説も唱えられています。
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ある研究では、直径約100mの小惑星に直径約1mの小天体が衝突した時の衝撃で拡散した破片の一部が地球へ落下したものが、時々地表で隕石として見つかると推定されています。その割合は火球の約4%とするものもあれば、見つかっている隕石の約40%、あるいは約70%とするものすらあります。
一方、DARTミッションでは質量約570kgの探査機本体が直径約170m・質量約400万トンのディモルフォスに秒速約6.6kmで衝突した結果、直径数mの岩が複数飛び散っています。この時のエネルギーは「直径約100mほどの小惑星に直径約1mの小天体が衝突する」というシチュエーションの約16分の1ですが、それでも十分に似た状況が発生し得ることを示しています。
現在の技術では直径約100mの小惑星でも単独で発見するのは困難です。まして、直径約1mの小天体を発見して正確な公転軌道を予測できたのは、事実上DARTミッションが初めての事例です(※3)。今回行われた岩の長期的な軌道予測は、地球で見つかる隕石の起源の推定に影響を与えるかもしれません。
※3…地球に極めて接近し、あるいは衝突した一部の小惑星は、直径数m程度だと推定されています。しかし、こうした小惑星の観測回数は限られていて、その軌道は極めて荒くしか予測できないため、起源を推定するのは困難です。
Source
M. Fenucci & A. Carbognani. “Long-term orbital evolution of dimorphos boulders and implications on the origin of meteorites”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) Filip Hlobik & Juraj Tóth. “Orbital evolution and possible parent asteroids of 40 instrumentally observed meteorites”. (Planetary and Space Science) A. Carbognani & M. Fenucci. “Identifying parent bodies of meteorites among near-Earth asteroids”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) E. Peña-Asensio, et al. “Identifying meteorite droppers among the population of bright ‘sporadic’ bolides imaged by the Spanish Meteor Network during the spring of 2022”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) Peter Jenniskens, et al. “The impact and recovery of asteroid 2018 LA”. (Meteoritics & Planetary Science)文/彩恵りり 編集/sorae編集部