超新星の1種である「Ia型超新星」は、爆発時の真の明るさが一定であるという性質をもとに、見た目の明るさと真の明るさを比較して距離を測定するための標準光源として多用されています。しかし、光の波長が極端に引き伸ばされる遠方の宇宙においても、Ia型超新星は標準光源としての性質を失っていないのかどうかについては議論がありました。
宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)のJustin R. Pierel氏を筆頭著者とする国際研究チームは、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope: JWST)」の観測プログラムの画像から超新星「SN 2023adsy」を発見し、分析を行いました。その結果、SN 2023adsyは地球から約209億光年(赤方偏移z=2.903±0.007、今から約115億年前の宇宙に存在)という遠方にあるにも関わらず(※1)、Ia型超新星としての基本的な性質のほとんどを維持していることが判明しました。
SN 2023adsyの発見は、約209億光年という最も遠いIa型超新星の記録を更新するだけでなく、Ia型超新星は非常に遠方の宇宙においても標準光源としての性質を維持していることを示しています。その一方で、一部の性質には他のIa型超新星には観られない特徴があるため、今後の観測の積み重ねによって解明する必要があります(※2)。
※1…この記事における天体の距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した「共動距離」での値です。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは「光行距離(または光路距離)」と呼ばれます。また、2つの距離の表し方が存在することによる混乱や、距離計算に必要な定数にも様々な値が存在するため、論文内で遠方の天体の距離や存在した時代を表すには一般的に「赤方偏移(記号z)」が使用されます。
※2…この記事で解説している研究内容は、特定の科学誌に論文が掲載される前のプレプリントに基づいています。正式な論文が投稿された場合、解説内容と論文の内容にズレが生じる可能性があります。
遠い宇宙にある天体までの距離を測ることは一般的に困難です。ほとんどの天体は発する光の明るさや波長ごとの強度が異なるため、同じような明るさや色を持つ天体が同じ距離にある似たような性質の天体であるとは限りません。そのため場合によっては、「数千光年以内のにある暗い天体」と「数十億光年かなたの明るい天体」を区別できないこともあります。
この問題を解決するには、同じ距離で見た場合の明るさが常に同じ天体を標準光源として利用するのが便利です。明るさが同じであれば、見た目の明るさの違いをそのまま距離に置き換えることができるからです。
「白色矮星」と呼ばれる天体に別の天体からの物質が供給されることで発生する超新星の1種「Ia型超新星」は、伝統的に標準光源として使用されてきた天体の1つです。
白色矮星は太陽程度の軽い恒星が中心核での核融合反応を終えた後に残される天体であり、そのままでは何もエネルギーを生産することなく少しずつ冷えていきます。しかし、近くに別の恒星があって、そこから物質が供給されると話は変わってきます。供給された物質は白色矮星の周りに降り積もり、やがて止まっていた核融合反応が点火できるほどの圧力が発生します。この時に発生する反応は非常に高速であるため、太陽が100億年かけて放出するのに等しいエネルギーを一瞬にして放出します。これを遠くから見れば、突然の爆発現象で非常に明るい星が出現したように見えます。これがIa型超新星です。
Ia型超新星は、白色矮星自体の重さと、供給される物質の合計質量が臨界値(チャンドラセカール限界)を超えると急激に進行するという性質があるため、放出されるエネルギーの量、つまり明るさは常に一定であるという性質が期待されます。この性質は標準光源として都合の良い性質であり、様々な天文学の研究で多用されています。
例えば、私たちの宇宙が加速膨張しているという事実は、Ia型超新星を元にした銀河までの距離と、その銀河がどのくらいの速度で後退しているのかを元に発見されました。この発見は2011年のノーベル物理学賞の受賞対象となりましたが、その授賞理由は「遠方の超新星観測による宇宙の加速膨張の発見」となっています。
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ただし、Ia型超新星がどんな距離でも標準光源として成立するかどうかは議論もありました。
これまでの観測により、確実にIa型超新星であることが確定している天体が見つかっている範囲は約152億光年まで(赤方偏移z≈1.6、今から約98億年前まで)の距離でした。これより遠いIa型超新星として、最大で約183億光年(赤方偏移z=2.22、今から約108億年前の宇宙に存在)までの距離のものが7個観測されていますが、これらはより近い距離のものとは単純にデータを比較できないため(※3)、標準光源であるかどうかが確定していません。
※3…重力レンズ効果を受けて明るさが変わっているものが2個、スペクトルデータが得られずIa型超新星であると推定するに留まるものが3個、きちんとした距離測定の分析がされていないものが2個あります。
観測上の大きな問題は、遠い宇宙にあるIa型超新星の光は宇宙の膨張と共に光の波長が引き延ばされる赤方偏移の影響を受けることです。「ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope: HST)」をはじめとしたいくつかの高性能な望遠鏡でも、遠方のIa型超新星からの赤方偏移した光の波長には対応していないか、その波長では感度が悪いという問題がありました。
さらに、宇宙の加速膨張の原因となる「暗黒エネルギー(ダークエネルギー)」の影響が、Ia型超新星からの光に影響を与えている可能性も示唆されていました。この場合、Ia型超新星の見た目の明るさから推定された距離と、実際の距離にズレが生じることになります。これまでの観測結果からすると、約173億光年(赤方偏移z=2、今から約105億年前)以内の距離において暗黒エネルギーはIa型超新星の光にほとんど影響を与えていないことが示されていますが、それ以上遠い距離でも影響がないかどうかを知るにはデータが不足していました。
■観測史上最遠のIa型超新星「SN 2023adsy」も標準光源としての性質を持つと判明!Pierel氏を筆頭著者とする国際研究チームは、ウェッブ宇宙望遠鏡による新たなIa型超新星の発見と分析を行いました。先述の通り、これまでの観測体制には限界があったため、ウェッブ宇宙望遠鏡は未知の領域に切りこむことが期待されていました。
今回の研究では、「JADES-GS+53.13485-27.82088」という銀河の中で発見された超新星「SN 2023adsy」が詳細に分析されました。これはウェッブ宇宙望遠鏡の2つの観測プログラム「JADES(Advanced Deep Extragalactic Survey)」と「DDT(Director’s Discretionary Time)」によって観測データが取得されました。
Pierel氏らの分析によって、SN 2023adsyの光はz=2.903±0.007という非常に大きな赤方偏移を受けているにも関わらず、Ia型超新星に一致する明るさとスペクトルを示していることが分かりました。この赤方偏移の値は、地球から約209億光年の距離、今から約115億年前の宇宙の時代に相当します。このことから、SN 2023adsyは観測史上最も遠いIa型超新星であり、これほど遠方の宇宙でもIa型超新星は標準光源としての性質を失っていないことが分かりました。同時に、赤方偏移が2を超えるものとしては初めて分光観測された(きちんとしたスペクトルデータが得られた)Ia型超新星になったとPierel氏らは主張しています。
一方で、SN 2023adsyには特異な性質が2つあります。まず、SN 2023adsyの光は赤方偏移していることを考慮しても赤っぽいことです。Pierel氏らは、銀河の中に含まれる塵の影響などといった他の原因によるものではなく、実際にSN 2023adsyが赤い光を発しているためだと推定しています。また、爆発時の膨張速度は一般的なIa型超新星と比べて高速な約1万9000km/sとされていますが、その理由はよくわかっていません。
こうしたSN 2023adsyの特異な性質はたまたまなのか、それとも遠い宇宙では一般的な性質なのかは判明していません。Pierel氏らは今後2年間でSN 2023adsyのような遠方のIa型超新星が10個以上見つかると期待しており、これらの性質を比較することで遠方のIa型超新星についてより多くのことが分かるのではないかと期待しています。
Source
J. D. R. Pierel, et al. “Discovery of An Apparent Red, High-Velocity Type Ia Supernova at z = 2.9 with JWST”. (arXiv) Tomasz Nowakowski. “New Type Ia supernova discovered”. (Phys.org)文/彩恵りり 編集/sorae編集部