ベセスダ・ソフトワークスのRPGシリーズ「The Elder Scrolls(ジ・エルダー・スクロールズ)」には、テルヴァンニ家というダークエルフの大家が建物として利用している巨大に育てられたキノコが登場します。大きく広がった傘の下、くり抜いたキノコの柄の中に住むエルフと聞くといかにもファンタジーな世界観に思えますが、将来の有人宇宙探査では基地の建設などで菌類が活用されることになるかもしれません。
アメリカ航空宇宙局(NASA)は2024年6月26日付で、将来役立つ可能性がある初期段階の研究に資金を提供する「NASA革新的先進概念(NASA Innovative Advanced Concepts: NIAC)」プログラムにて、NASAエイムズ研究センターのLynn Rothschildさんを筆頭とする研究チームが取り組んでいる「Mycotecture off Planet」をフェーズIIIのプロジェクトとして選定したことを発表しました。チームには将来の実証ミッションに向けて2年間で200万ドルの助成金が支給されます。【最終更新:2024年7月2日11時台】
月や火星で有人探査を行うには、宇宙飛行士の生存に欠かせない酸素・水・食料をはじめ、探査活動に必要な機器類、一定期間の滞在に備えた居住施設や基地の建材といったさまざまな物資が必要になります。これらの物資をすべて地球から送り込むには相応のコストが掛かることから、現地に埋蔵されている氷を掘削して水や酸素を得たり、土壌を建材に利用したりすることで持ち込む物資の量を削減する「ISRU(In-Situ Resource Utilization、現地資源利用、その場資源利用)」技術の研究が進められています。
Rothschildさんたちが取り組む「Mycotecture off Planet」プロジェクトは、地球から月や火星に持ち込んだ菌類を建材として利用する方法を研究しています。より具体的には、現地で菌糸体を培養して建材や道具の形に“育てる”ことで、有人探査ミッションを支える居住施設や家具などの建設・作成を目指しています。菌糸体を成長させる足場として軽量の枠組みは必要になりますが、すべての建材を準備する場合と比べて地球から現地へ輸送すべき物資の量は減らせますし、成長に必要な水は現地で採掘した氷から得ることができます。
菌糸体は生きた建材なので自己修復機能を持たせることもできますし、ミッション中に生成される有機廃棄物を使って増築することも可能だといいます。また、菌糸体は水のろ過、廃水からのミネラル抽出、生物発光による照明、湿度の調節にも利用できることから、単に建物や道具を支える構造に留まらない機能性を持たせられる可能性もあります。なお、逃げ出して火星などの環境を汚染することがないように、菌糸体は遺伝子操作された上で安全に封じ込められた環境でのみ成長するように制御することが想定されています。
RothschildさんたちのプロジェクトはこれまでにNIACのフェーズI(2018年)とフェーズII(2021年)に選定されていて、スツールやブロックといった菌糸体を使った試作品の作成、材料のテスト、放射線防護の組み込みなど機能性強化の評価、月面を想定した菌糸体ベースの居住施設の設計などが進められてきました。さらに進んだフェーズIIIのプロジェクトとして選ばれたことで、研究チームは材料特性を最適化するとともに、地球低軌道でのテストに向けて進むことができます。
なお、菌糸体には生分解性や難燃性があることから、皮革やプラスチックを代替する素材として近年注目を集めています。将来の月・火星での有人探査はもとより、地球上でもそう遠くないうちに菌糸体を幅広く活用する未来がやってくるかもしれません。
Source
Lynn Rothschild – Mycotecture off Planet: En route to the Moon and Mars (NIAC 2024 Selections – NASA) NASA – NASA Advances Research to Grow Habitats in Space from Fungi NASA – Could Future Homes on the Moon and Mars Be Made of Fungi?文・編集/sorae編集部