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「ベンヌ」のサンプルの初期分析結果が発表  “予想外の発見” も報告

sorae.jp 2024年7月5日 22時47分

アメリカ航空宇宙局(NASA)の小惑星探査機「OSIRIS-REx(オシリス・レックス / オサイリス・レックス)」は、2023年9月末に101955番小惑星「ベンヌ(ベヌー)」のサンプルリターンに成功しました。有機物に富む小惑星のサンプルの分析は、約45億年前に誕生した直後の太陽系の様子や、生命が誕生する要件といった究極的な疑問に何らかの答えを与えるかもしれず、非常に興味深い研究となります。

アリゾナ大学のDante S. Lauretta氏とHarold C. Connolly Jr氏を筆頭著者とする国際研究チームは、ベンヌのサンプルに関する最初の分析結果を公表しました。見えてきたのは、ベンヌが太陽系誕生直後の原始的な性質を保ちつつも、過去に大量の液体の水が関与した変質を受けていることです。特に、水に溶けやすいリン酸塩化合物が、これまでに例がないサイズと純度で見つかったことから、ベンヌの形成史に注目が集まっています。

■「OSIRIS-REx」が持ち帰った「ベンヌ」のサンプル 【▲ 図1: OSIRIS-RExによって撮影された小惑星ベンヌの外観。今回分析されたサンプルは、中緯度地域にあるホキオイ・クレーター内のナイチンゲール地点から採集されました。(Credit: NASA, Goddard & University of Arizona)】

NASAの小惑星探査機「OSIRIS-REx」による101955番小惑星「ベンヌ」のサンプルリターンは、162173番小惑星「リュウグウ」のサンプルリターンを行った宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」と共に注目を集めていました。

その理由は、ベンヌやリュウグウが炭素に富む小惑星であることと関連しています。似たタイプの隕石の分析により、ベンヌやリュウグウは有機物、水、窒素、リンなどの生命に欠かすことができない物質に富んでいることが判明しています。生命の起源となる物質がどこから来たのかは現在でも議論があり、小惑星はその主な供給源となった可能性があります。

人類が小惑星のサンプルを直接手にすることができるようになったのは、ごく最近のことです。半世紀ほど前まで、私たちは地球以外の天体のサンプルを直接採集することができず、宇宙の物質といえば隕石を対象に研究を行っていました。現在でも隕石を分析する研究は行われているものの、どうしても限界はあります。ほとんどの物質と化学反応する酸素や、水溶性の物質を溶かす水に富んでいる地球表面は、隕石の元となった小惑星が、真空の宇宙空間にあった頃の情報を消してしまうからです。このため、地球の物質に汚染されていない状態のサンプルを分析することは、惑星科学における悲願とも言えます。

また、最も注目される物質である有機物や、生命に欠かせない各種元素を含む化合物は、熱に弱かったり水に溶けてしまったりする性質を持っているため、隕石では一部が消えてしまう情報です。また、生命に富む地球表面に落下した隕石では、天体由来の物質と地球由来の物質が混ざり合ってしまうという問題もあります。だからこそ、地球での汚染や変質を受けていない状態である小惑星から物質を持ち帰ることが重視されています。

例えて言うならば、隕石は調味料をまぶしてしっかり焼かれたステーキであるのに対し、小惑星のサンプルは真空パックされた生の切り落とし肉のようなものです。どちらの方が元の情報を残しているのかは明らかでしょう。

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【▲ 図2: ベンヌのサンプルの一例。角の取れた形状、角張った形状、白い物質がまだら上に付着しているなど、様々な外観を示しています。(Credit: Dante S. Lauretta, Harold C. Connolly Jr, et al.)】

OSIRIS-RExによるベンヌのサンプルリターンは2023年9月末に成功したものの、サンプルを収めた容器が開かないというトラブルに見舞われ、予定より開封が遅くなりました。このため、容器の開封は2024年1月頃となり、続く初期分析の結果発表も今回のタイミングとなりました。

また、探査機自身によるデータからは、サンプルの回収量は250±101gであると予測されていましたが、開封後に集計した実際の回収量は少なくとも121.6gであることも分かりました。これは当初の予測より少ないものの、最低の目標値である60gを上回る量となります。

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■ベンヌのサンプルはリュウグウとの違いがある

今回、国際研究チームは19個のサンプルを対象に様々な分析を行い、初期の結果を報告しました。初期とはいえ非常に多岐な分析が行われており、一部には難しい科学の知識や用語を前提とするものもあるため、本記事では重要な部分を抜粋して説明します。

【▲ 図3: サンプルの電子顕微鏡の一例。糸のような部分が、岩石の大部分を構成する蛇紋石です。(Credit: Dante S. Lauretta, Harold C. Connolly Jr, et al.)】

まず、ベンヌの岩石はその大部分が「蛇紋石」と呼ばれる鉱物で構成されています。蛇紋石はある程度の熱と水が豊富な環境で生成されるため、これは過去にベンヌの岩石が液体の水にさらされていたことを示しています。蛇紋石以外の鉱物成分として、有機物、炭酸塩、リン酸塩、硫化鉄、酸化鉄も見つかりましたが、これらは水が豊富な環境で蛇紋石と共に生成される鉱物であるため、液体の水の存在をお互いに補完する証拠となります。

【▲ 図4: サンプルの紫外線蛍光写真。黄色い蛍光は有機物で構成されたナノスケールの球体、青白い蛍光は炭酸塩やリン酸塩の存在を示しています。(Credit: Dante S. Lauretta, Harold C. Connolly Jr, et al.)】

さらに、サンプルに含まれる有機物の量は、全体の4.5~4.7%の重量を占めることがわかりました。これはカーネギー研究所で分析されたことのあるどの隕石よりも高い割合であるだけでなく、比較対象となるリュウグウのサンプルよりも豊富な数値です。

一方で、ベンヌのサンプルには独特な部分もあります。1つは同位体比率(※1)と呼ばれる値です。簡単に言えば、同位体比率は同じような値を示す物質が同じような環境にいた可能性が高いことを示します。今回の分析では、ベンヌは隕石の中でも非常に原始的な状態を保持していると考えられているグループ(※2)と非常に似ていることが分かりました。また、ベンヌより先に分析されているリュウグウの同位体比率とも似ています。

※1…さまざまな原子を化学的性質をもとに元素として分類した場合、重さの違う原子が同じ元素に分類される場合があります。お互いに同じ元素に属しながらも、重さが違う原子どうしの関係を同位体と呼びます。同じ元素でも異なる同位体では化学反応や蒸発・凝固の速度が異なるため、同位体の比率を調べることで、過去にどのような環境にいたかどうかを推察することができます。

※2…CIコンドライト(イヴナ型隕石)やCYコンドライト(ヤマト型隕石)のことを指します。

しかし、ベンヌは特に酸素の同位体比率が原始的な隕石とリュウグウのどちらとも似ていないという意外な結果が出てきました。これは、ベンヌとリュウグウはある程度似ているものの、何かの点が決定的に違う環境で形成されたことを示唆しています。

さらに、ベンヌのサンプルには、太陽系誕生以前の恒星活動や超新星爆発によって生じた「プレソーラー粒子」と呼ばれる塵が含まれていることも分かりました。これは、ベンヌが水による変質を大規模に受けているものの、ある程度は原始的な性質を保っていることを示しています。

■「予想外の発見」と評された大粒の水溶性リン酸塩の存在 【▲ 図5: 白い部分がリン酸ナトリウムやリン酸マグネシウム。左側の三角形のサンプルは約1mmの大きさであり、これほどのスケールで存在する水溶性リン酸塩は初めての発見です。(Credit: Dante S. Lauretta, Harold C. Connolly Jr, et al.)】

今回の初期分析では、研究チームが「予想外の発見」と評するほどの意外な発見もありました。それは大粒のリン酸ナトリウムとリン酸マグネシウムの存在です。リンはDNA(デオキシリボ核酸)などに含まれる生命に欠かせない物質の1つであり、今回発見されたようなリン酸塩はその起源の1つに挙げられています。

ただし、これまでの隕石の研究で発見されたリン酸塩化合物の大部分は水溶性ではなく、ある程度の高温にも分解せず耐える組成でした。このため、このような難溶性のリン酸塩から、どのようにしてリンが水に溶け出し、生命が利用しているのかが不明なままでした。

一方で、今回見つかったリン酸ナトリウムやリン酸マグネシウムは、容易に水に溶けます。これは、今まで発見されてきたリン酸塩化合物とは大きく異なる性質となります。また、水が豊富な地球表面に落下する隕石では発見の難しい物質であることから、膨大な費用と時間をかけて小惑星サンプルを採集する意義の分かりやすい事例とも言えます。

一応、水溶性リン酸塩の発見は今回が初ではなく、例えばリュウグウのサンプルでも存在が確認されています。しかし、ベンヌのサンプルで見つかった水溶性リン酸塩の粒は、リュウグウやその他の隕石と比較してサイズがずっと大きい上に、純度も高いことが特徴的です。ベンヌの水溶性リン酸塩は、最も似ているリュウグウとの比較でさえ異質な存在であるとも言えます。また、OSIRIS-RExによる周回中のベンヌの調査時にはリン酸塩が見つかっていなかったことも意外性を高めました。どうして当時の観測で見逃されていたのかは現時点では不明です。

これほど大粒で高純度の水溶性リン酸塩が岩石の隙間に存在するような状況は、地球ではアルカリ性(塩基性)の強い湖の湖底沈殿物に最も近い状況となっており、液体の水に溶けていた状態から沈殿して岩石に付着したと考えるのが最も自然です。つまり、水溶性リン酸塩の発見もまた、ベンヌがかつて液体の水にさらされていたことを示しています。また、地球外でも土星の衛星「エンケラドゥス」の内部海(※3)からとみられる噴出物に同様の物質が見つかっているため、これと似たような環境で沈殿した可能性も考えられます。

※3…エンケラドゥスの南極付近には、氷の地殻の下側に大量の液体の水が存在する可能性が高いと考えられています。

■より詳細な分析はこれから

今回の分析結果では、ベンヌに関する興味深い点がいくつも見つかっています。しかし、ベンヌのサンプルは初期分析の段階であり、まだ仮説の段階であるものも数多くあります。例えば、今回採集されたサンプルから見ると、ベンヌの表面にある岩石は液体の水がかなり豊富な環境に由来している可能性があるものの、現時点では確定できません。これを確定させるにはさらに多くのサンプルを詳細に分析して、含まれる有機物の正確な化学組成の決定、鉱物の割合や同位体比率の調査、他の仮説と比較した妥当性の検証など、どれも評価に時間のかかる項目を調べなければなりません。

これから行われるであろうベンヌのサンプルの分析で、最も比較対象となるのはリュウグウのサンプルの分析結果です。炭素に富む汚染のない小惑星のサンプルはこの2つから採取されたものしかなく、NASAとJAXAはそのサンプルをお互いに提供しあうシェアリング協定を事前に結んでいます。ベンヌとリュウグウのそれぞれの研究は、お互いにもう片方の研究を補助することにもつながるという点で、科学研究における国際協力の重要性の分かりやすい例ともいえるでしょう。

 

※蛇紋石の表記に誤りがありましたので訂正させていただきました【2024年7月6日17時】

Source

Dante S. Lauretta, Harold C. Connolly Jr, et al. “Asteroid (101955) Bennu in the laboratory: Properties of the sample collected by OSIRIS-REx”. (Meteoritics & Planetary Science) Goddard Digital Team. “Surprising Phosphate Finding in NASA’s OSIRIS-REx Asteroid Sample”. (NASA)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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