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リュードベリ原子センサーを搭載した観測衛星が切り開くリモートセンシング 「デジタル放送衛星」の活用でコストダウン

sorae.jp 2024年7月11日 11時53分

人工衛星を活用して海抜や雲の動きなどのモニタリングを可能にしたリモートセンシング技術に、革新的な手法が導入される日が訪れるかもしれません。宇宙開発・天文学ニュースサイトの「Universe Today」は、観測衛星に搭載された「リュードベリ原子センサー」によって地球の氷河などの対象を計測する手法を紹介しています。

【▲ リュードベリ原子センサーによるリモートセンシングを示したインフォグラフィック(Credit: Darmindra Arumugam)】 ■リュードベリ原子センサーだけで幅広い周波数帯の電波受信に対応

アメリカ航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(JPL)のDarmindra Arumugamさんが率いる研究グループは、リュードベリ原子を活用して、氷の流れや氷棚の進化、積雪量、岩盤のマッピング等を網羅するリモートセンシング技術を考案し、2022年にNASA革新的先進概念(NIAC)プログラムのフェーズIで資金調達を受けました。

リュードベリ原子とは、レーザー照射や電子との衝突などによって、主量子数(※)が50〜100程度という“十分大きな”高励起状態にある原子のことです。リュードベリ原子は電気双極子モーメントが高いため、電磁場に大きく反応します。この性質を応用することで、周波数が30MHz~300MHzのVHF(超短波)から12GHz〜18GHzのKuバンドまで、幅広い周波数帯の電波を捉えるセンサーとして活用できるといいます。

※…量子数の一種。量子数によって、原子や分子の電子状態やエネルギーが決まる。量子数には主量子数、方位量子数、磁気量子数、スピン量子数の4種類があり、主量子数は電子殻の数と関係がある。

研究グループによると、ルビジウム(Rb)やセシウム(Cs)といった第1族元素(アルカリ元素)の原子に、ある条件を満たす2つのレーザーを照射することで、光学的に特殊な状態(電磁波誘起透明化)をもつリュードベリ原子を作り出すことができるといいます。高励起状態にあるリュードベリ原子は、対象から反射してきた電波の影響を受けることで、光学的な変化が生じます。この変化を通じて、電波の位相や振幅を知ることができ、湿度などの情報が得られるのだといいます。

電波を活用して大気や水の状態を観測できるシステムとしては、レーダーシステムが挙げられます。従来のレーダーシステムを活用したリモートセンシングでは、送信機から放射されて対象で反射した電波を受信機でとらえる必要があるため、受信機と送信機の双方を観測衛星に搭載する必要がありました。

いっぽう、研究グループが考案したリュードベリ原子を活用したリモートセンシングでは、Signals-of-Opportunity(機会の信号)として既存の放送衛星から送信された電波を利用するため、物体で反射した電波を捉えるための受信機だけがあれば十分だといいます。Universe Todayは、複数の周波数帯に対応した高価な送信機を観測衛星に搭載せずに済むだけでなく、各周波数帯ごとに観測衛星を用意せずとも1つのリュードベリ原子センサーのみで幅広い電波を受信できる点が、従来のレーダーシステムを活用した電波観測衛星と比べて優れた点だと評価しています。

【▲ 電波でとらえられる現象と電波の周波数との関係。Arumugam, D. et al.(2024)をもとに筆者作成)】 ■北米向けに運用のデジタル放送衛星を電波送信に活用

研究グループは2024年3月に、リュードベリ原子センサーを活用した土壌の湿度の計測に関する論文をarXiv上に公開しています。それによると、シリウスXM社が運用するすべてのデジタルラジオ用放送衛星は周波数が2.320〜2.345GHzの電波の送信を網羅していることから、これらの放送衛星を活用して土壌の湿度を計測する方法が提案されています。

研究グループはまず、シリウスXM社の放送衛星と同じ周波数帯の電波の送信機を実験対象となる土壌のそば(in-situ)に設置することで、リュードベリ原子センサーの感度や土壌の湿度データの取得を確認しました。次に、ボーイング社が開発したシリウスSM社の放送衛星「XM-3」の電波を活用して、粘土鉱物を主成分とする自然の土壌に水分を与え続けた状態で湿度の時間変化を計測しました。その結果、従来のレーダーシステムを活用したリモートセンシングによる計測結果に近いデータを取得できたと報告しています。

【▲ 放送衛星「XM-3」の電波を実際に活用して、リュードベリ原子センサーで自然の土壌の湿度変化を計測する様子(Credit: Arumugam, D. et al.(2024)】 【▲ 既存のレーダーシステム(紫線)とリュードベリ原子センサー(赤線)で自然の土壌の湿度の時間変化を計測したグラフ(生データをカーブフィッティングしたもの)。縦軸はVSM(volumetric soil moisture content: 単位体積当たり、土壌のうちどの割合で水分を含むかを示す)。(Credit: Arumugam, D. et al.(2024)】

研究グループの最新の研究成果は、実際の放送衛星の電波を活用する場合でもリュードベリ原子センサーが有効であることを示しました。しかし、Universe Todayによると、リュードベリ原子センサーを観測衛星に搭載してリモートセンシングを行うまでには長い道のりを要するといいます。それでもなお、リュードベリ原子センサーの研究は開始してから10年と年月が浅いこともあり、NIACの助成金がリュードベリ原子センサーによるリモートセンシング技術の進展に役立つのではないかと期待を寄せています。

 

Source

Universe Today – How a Single Atomic Sensor Can Help Track Earth’s Glaciers NASA – Cryospheric Rydberg Radar Arumugam, D. et al. – Remote sensing of soil moisture using Rydberg atoms and satellite signals of opportunity(arXiv)

文/Misato Kadono 編集/sorae編集部

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