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火星ではほぼ毎日8mのクレーターができている 新たな天体衝突率の推計結果

sorae.jp 2024年7月8日 20時55分

地球と比べて「火星」の大気は薄いので、宇宙空間から降ってきた天体が地表に到達する確率は地球よりも高いと推定されています。しかしこれまでは、小さな規模の天体衝突が火星でどの程度発生するのかについて理論的に推定した値と、衛星画像をもとに推定した値とが一致しないという問題がありました。

スイス連邦工科大学チューリッヒ校のGéraldine Zenhäusern氏とインペリアル・カレッジ・ロンドンのNatalia Wójcicka氏を筆頭著者(同等の貢献者)とする研究チームは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「インサイト(InSight)」が捉えた火星の地震(火震)のデータを分析し、火星表面に天体が衝突する頻度を推定しました。

その結果、直径8m以上のクレーターが形成されるような衝突は、1年あたり280~360回発生することが分かりました(※1)。この数値はこれまでの研究で推定されていた値と比べて3~4倍も高頻度であり、言い換えれば最小でもバスケットボールほどの天体1個が毎日のように火星の表面に到達していることになります。今回の研究結果は、火星表面に関する年代測定の推定や、将来行われるであろう火星での長期滞在におけるリスクを正確に評価する上で重要な情報です。

※1…この記事では、年や日などの時間の単位には地球の時間を使用します。ただし、火星の1日は地球より約40分長いだけであるため、「ほぼ毎日天体衝突がある」という表現は火星の1日に対しても適用されます。

【▲ 図1: 2021年12月24日に火星のアマゾニス平原に天体が落下した様子を描いた想像図。(Credit: IPGP, CNES & N. Starter)】 ■「火星」の小規模な天体衝突の頻度には謎があった

宇宙から地球へ落下する天体は、表面に到達する隕石に限っても年間1万7000個もあると推定されています。ただし、その多くは海や無人地域へ落下するため、ほとんどは誰もその存在に気付きませんし、具体的な被害が生じることは極めて稀です。

一方で、将来的に有人探査が計画されている「火星」では事情が異なります。火星の大気は地球の約0.75%と薄く、小さな天体でも燃え尽きたり減速したりせずに高速で地表へ落下します。薄い大気ではより遠くまで衝撃波が届くため、火星ではクレーターの直径の100倍程度の距離にまで被害が生じるおそれがあります。直撃することは稀であるとしても、衝撃波が遠くまで届くことは、恒久的な基地の建設や滞在におけるリスクとなるでしょう。

【▲ 図2: 2021年9月5日に火星で発生した天体衝突で形成された3つのクレーターのカラー強調画像。暗い色の噴出物がクレーターの周りに飛散しています。この衝突ではインサイトによって地震波と音波が観測されました。(Credit: NASA, JPL-Caltech & University of Arizona)】

月に存在するクレーターの研究をもとに、クレーターの直径と衝突頻度には単純な数学的関係があることが知られています。また、火星に生じた新しいクレーターの周辺部は舞い上がった塵によって暗くなるため、新旧の衛星画像を比較して見つけることができます。これらの理由から、火星表面における天体衝突のリスクは理論的には計算可能です。

しかしこれまでは、火星で直径60m未満のクレーターを形成する衝突の頻度について、衛星画像から推定された値よりも数学的に推定された値のほうが2~3倍も大きいという矛盾がありました。

推定値のズレを起こしているとみられる原因の1つは衛星画像です。利用される衛星画像の特性上、直径8m未満のクレーターでは最も精度が悪くなってしまうからです(※2)。また、火星には特有の事情もあります。ほぼ真空の月とは異なり、薄いながらも大気が存在している火星では気象現象として砂嵐が発生し、小さなクレーターを埋めてしまうのです。それに加えて、火星は月と比べて重力が地球に近い上に、小惑星帯の近くを公転していることから、小惑星と頻繁に遭遇する可能性があります。こうした事情で2つの推定値にズレが起きていると考えられていたものの、詳しい原因を確定することはできていませんでした。

※2…解析に使われた画像は、NASAの火星探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター」に搭載された、解像度6m程度のカメラ「CTX(Context Imager)」で撮影されました。

■「インサイト」の地震データから天体衝突の頻度を推定

Zenhäusern氏やWójcicka氏などの研究チームは、これまでとは違うアプローチで火星の天体衝突の頻度の算出を試みました。注目したのはNASAの火星探査機「インサイト」です。インサイトは火星の地震を正確に捉えた事実上初の探査機であり(※3)、3年間で1000回以上の地震を記録しました。その中には火星の地殻変動で起きたものもあれば、天体衝突によって発生した振動を捉えたものもあります。

※3…1976年から1980年まで運用されたNASAの「バイキング1号」と「バイキング2号」は地震計を搭載していましたが、1号は固定に失敗して地震計が機能しませんでした。2号は固定に成功し、1976年に地震らしき振動を記録したものの、風による振動の可能性を排除できませんでした。インサイトのデータと比較することで、2号が実際に地震を捉えていたと判明したのは2023年7月になってからのことでした。

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【▲ 図3: 地震の規模(マグニチュード)とコーナー周波数の関係性を表したグラフ。全ての地震が地殻変動で発生した場合、全ての点が点線と同じ傾きに分布するはずです。しかし、天体衝突に関連付けられた地震(赤丸で囲まれた点)と天体衝突の可能性が高い超高周波イベントは、実際にはそれ以外の地震波と比べて右側にずれています。(Credit: Géraldine Zenhäusern, Natalia Wójcicka, et al.より改変 / 日本語訳は筆者(彩恵りり)による)】

研究チームは、天体衝突に関連付けられている6回の地震波(※4)と他の地震波を比較したところ、特性に違いがあることを発見しました。地震波には、その規模と周波数に一定の関係がある「コーナー周波数」と呼ばれる成分があります。天体衝突で発生する地震のコーナー周波数は、地殻変動で起こる同じ規模の地震よりも高い値を示すことが分かりました。このような地震は「超高周波(VF)イベント」と呼ばれます。つまり、天体衝突による地震のコーナー周波数は、地殻変動で起こる普通の地震のコーナー周波数とは大きく外れた傾向を示すことになります。

※4…このうち2回は、クレーターの発見によって天体衝突であると確定しています。残り4回は地震波の特性から天体衝突である可能性が高いと考えられています。

【▲ 図4: 地震のb値は、地震の規模と発生数からグラフの傾きとして得られます。天体衝突に関連付けられた地震(×印)のグラフの傾きは、地殻変動による普通の地震(◯印)とは異なっており、b値が全く違うことが分かります。(Credit: Géraldine Zenhäusern, Natalia Wójcicka, et al.)】

超高周波イベントが普通の地震ではないことは、「b値」と呼ばれる別の数値からも証明できます。b値とは簡単に言えば、「地震は規模が大きくなるほど発生頻度が低くなる」という関係性を示す数値です。今回の研究では、59回の超高周波イベントと天体衝突に関連付けられている6回の地震を合わせてb値を計算したところ、浅い震源で発生した地殻変動由来の地震で計算したb値とは明らかに違うことが分かりました。b値が大きく違うことからも、超高周波イベントは地殻変動とは無関係の地震であることが示されます。

これに加えて、一部の超高周波イベントでは、「チャープ」と呼ばれる独特の振動が捉えられています。これは天体衝突時に発生した大気の乱れが音波として届いたことを示唆しています。ただし、チャープを観測できたのは一部の地震だけでした。その理由として、発生源までの距離が遠すぎると音波が減衰して届かないからだと推定されています。

これらの理由から、研究チームは超高周波イベントが天体衝突によって発生した地震であると仮定して、火星への天体衝突の頻度を推定しました。今回の推定は、地震の規模による推定と、クレーターの大きさによる推定の2通りで計算されています。どちらの計算方法にも、データの不足を補うために仮定された値が存在しており、その値によって計算結果に誤差が生じているためです。

例えば、直径8mのクレーターを生じるような天体衝突は、1年あたり362±170回(地震の規模による推定)、または280±99回(クレーターの大きさによる推定)起きると算出されました。言い換えれば、火星にはほぼ毎日、最小でもバスケットボールくらいの大きさの天体が1個落下していることになります。これは衛星画像だけで推定した値(86回または90回)と比べて3~4倍も高頻度な一方で、より大きなクレーターの数から得られる推定値(276回または360回)とよく一致しているため、これまで指摘されていた矛盾が解消されることになります。

また、直径100mのクレーターを生じるような天体衝突は1年あたり0.84±0.60回(地震の規模による推定)、または0.45±0.2回(クレーターの大きさによる推定)起きると推定されます。火星では1~2年に1回の頻度で、直径10km程度の範囲が被害を受けるような大規模な天体衝突も起こることになります。

■隕石災害のリスク評価以外にも重要な研究

今回の研究結果は、火星の天体衝突の頻度に関する長年の謎を解決したといえます。しかも、使用されたのはインサイトの地震計ただ1つが記録した、わずか3年分のデータです。

天体衝突に関連付けられる地震である超高周波イベントは、小型の地震計でも高い精度で捉えることが可能です。このことは、火星のみならず他の天体に送り込まれる探査機にも地震計を搭載すれば、インサイトと同様に天体衝突を観測できる可能性があることを意味しています。

【▲ 図5: 火星のカッシーニ・クレーターはルージン・クレーターをはじめとする多数のクレーターに上書きされていることから、これらのクレーターよりも古いことが分かります。このように、天体衝突の頻度を正確に測定することは、様々なクレーターの年齢推定に影響を与えることになります。(Credit: NASA)】

また、小規模な天体衝突の頻度を正確に推定することは、恒久的な有人基地に対する隕石災害のリスクを評価すること以外でも役立ちます。古いクレーターの表面には、より新しいクレーターが上書きするような形で存在します。そのため、新しいクレーターの数と大きさは、古いクレーターが形成された時期を推定する上で重要な指標となります。小規模な天体衝突の頻度が正確に分かれば、古いクレーターの年代をより正確に算出できるようになるため、その天体自体の年齢や表面活動の年代もより正確に推定できます。今回の研究は、様々な天体の進化について、さらに正確な情報を提供することにも役立ちます。

 

Source

Géraldine Zenhäusern, Natalia Wójcicka, et al. “An estimate of the impact rate on Mars from statistics of very-high-frequency marsquakes”. (Nature Astronomy) Marianne Lucien. “Forschende weisen tägliche Meteoriteneinschläge auf dem Mars nach”. (Eidgenössische Technische Hochschule Zürich)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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