私たちは天体の姿を別の何かに例えることがあります。身近なところでは月の模様がウサギや人に例えられてきましたし、望遠鏡が発達した現代でもはるか遠くの銀河に人の笑顔や生き物の姿を見出しています。
こちらも生き物に例えられる天体のひとつ、「うみへび座(海蛇座)」の方向約3億2600万光年先の相互作用銀河「Arp 142」です。中央に見えるオレンジ色のゆがんだ銀河がペンギン、その左にある白い銀河が卵に見えてきませんか?
相互作用銀河とは接近したり衝突したりすることで重力の影響を及ぼし合っている複数の銀河のこと。相互作用銀河のなかには潮汐力によって形が大きくゆがんだり、渦巻腕(渦状腕)が長い尾のように伸びていたりするものもあります。
Arp 142はペンギンに見える渦巻銀河「NGC 2936」と、卵に見える楕円銀河「NGC 2937」で構成されています。2つの銀河は天の川銀河の直径と同程度の約10万光年離れていると推定されていますが、宇宙のスケールからすればかなりの近距離と言えます。現在観測されているArp 142は、NGC 2936とNGC 2937が最初に接近して相互作用が始まってから2500万年~7500万年が経っていると考えられていて、やがて数億年の時を経て1つの銀河に合体すると予想されています。
この画像は「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope: JWST)」の「近赤外線カメラ(NIRCam)」と「中間赤外線観測装置(MIRI)」で取得したデータをもとに、2022年7月に始まったウェッブ宇宙望遠鏡の科学観測2周年を記念して作成されました。ウェッブ宇宙望遠鏡は人の目で捉えることができない赤外線の波長で主に観測を行うため、公開されている画像の色は取得時に使用されたフィルターに応じて着色されています。
ウェッブ宇宙望遠鏡を運用するアメリカの宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、NGC 2936はもともと渦巻銀河らしい螺旋状の形態をしていましたが、NGC 2937との相互作用によって大きくゆがみ、ペンギンを思わせるこのような姿になりました。ペンギンの目にあたるのはNGC 2936の中心部分で、ほどけた渦巻腕が身体の形を描き出しています。NGC 2936ではガスと塵(ダスト)から新たな星を生み出す星形成活動が相互作用の影響で促されていて、毎年100~200個程度の星が誕生していると考えられています(天の川銀河で誕生する星は毎年6~7個程度)。
一方、ペンギンの形にゆがんだNGC 2936とは対照的に、NGC 2937の形はほとんど変わっていません。楕円銀河であるNGC 2937は古い星が多く、相互作用の影響で銀河から引き剥がされるガスや塵に乏しいことが1つの理由とされています。加えて、2つの銀河の質量はほぼ同じであり、早い段階でNGC 2936に飲み込まれたりしなかったことも、NGC 2937が形を保っている理由だと考えられています。
なお、「ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope: HST)」が観測したArp 142(2013年に公開)と比較した画像もあわせて公開されています。ハッブル宇宙望遠鏡の画像では塵が豊富なダストレーンが暗い茶色の帯として写っていますが、塵にさまたげられにくい赤外線を捉えるウェッブ宇宙望遠鏡の画像ではかなり薄くなっています。また、ハッブル宇宙望遠鏡の画像ではNGC 2936とNGC 2937がはっきり分かれているように見えますが、ウェッブ宇宙望遠鏡の画像では2つの銀河をつなぐように分布している星・ガス・塵が、うっすらとしたもやのように捉えられていることもわかります。
ウェッブ宇宙望遠鏡が観測したArp 142の画像はSTScIをはじめ、アメリカ航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)から2024年7月12日付で公開されています。
Source
STScI – Vivid Portrait of Interacting Galaxies Marks Webb’s Second Anniversary NASA – Vivid Portrait of Interacting Galaxies Marks Webb’s Second Anniversary ESA – Vivid Webb portrait of interacting galaxies Penguin and Egg ESA/Webb – Vivid portrait of interacting galaxies marks Webb’s second anniversary文・編集/sorae編集部