2006年に決議された国際天文学連合(IAU)の「惑星の定義」は、太陽系に属する天体のみを対象としています。しかし、この定義には数値的な基準がなく、曖昧であるという批判があります。また、太陽以外の天体の周りを公転する「太陽系外惑星」が数千個発見されている中で、太陽系以外に定義が使えないのは良い状態とは言えません。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校のJean-Luc Margot氏、ブリティッシュコロンビア大学のBrett Gladman氏、そしてシャパラル高校のTony Yang氏は、現行の定義を改善し、太陽系以外でも適用できる新たな惑星の定義を考案しました。この定義では、現在の観測技術でも十分な精度で測定できる「質量」というシンプルな数値を使いつつ、旧定義が意図している惑星の定義も内包しています。この定義案は、2024年8月に開かれる第31回IAU総会で発表される予定です。
■現行の惑星の定義には問題も多い2006年8月24日にチェコのプラハで開催されていた第26回IAU総会において決定された定義「決議5A」は、普段天文学に興味のない人も含めた、ほぼ全ての人々の関心を引いたことでしょう。その理由は、有史以来知られている天体である「惑星」について、初めて科学的な定義が決定されたからです。原文ではやや難しいため(記事末尾の付録1を参照)、より分かりやすく言うと「a. 太陽の周りを回っている」「b. 重力によって球形をしている(※1)」「c. 公転軌道の周辺に他の大きな天体がない」という3つの要件を満たしている必要があります。
※1…岩石や氷など、物質がその “硬さ” によって形を保とうとする抵抗力に対し、重力のほうが上回っている。
この定義によって、1930年の発見以来76年間惑星の地位にいた冥王星は除外され、同時に定義された「準惑星」という新たなカテゴリーに移動させられたことが当時大きな話題となりました。準惑星は上記の定義のうち要件aとbは満たしているものの、要件cを満たしていない天体と見なされます。
しかし、この定義は提唱当初や決議の前後だけでなく現在に至るまで、少なからぬ批判を受けています。批判の内容は様々ですが、なかでも多く指摘されているのは以下の2点です。1つは、具体的な数値による定義がない(定量的ではない)ことです。例えば要件bは、どのくらいの大きさの天体ならば球形となるのか、直径や質量に関する数値を用いて定義されてはいません。そのため、下限に近い天体では大きさと形状が逆転する現象も見られます(※2)。
※2…例えば海王星の衛星のプロテウス(平均半径約210km)は、土星の衛星のミマス(平均半径約198km)よりも大きいにも関わらず球形ではありません。これは、プロテウスの質量がミマスと比べてやや小さいことに加え、主要な構成物質である氷が低温で硬くなっていることが理由であると考えられています。
もう1つは、要件aによって「太陽系外惑星」が除外されていることです。太陽系外惑星は定義に関する議論が際限なく拡大して収拾がつかなくなるのを防ぐために意図的に除外されたのですが、数千個も見つかっている太陽系外惑星をいつまでも無視することはできないでしょう。
惑星の定義を太陽系外惑星に対して拡張する場合、検討しなければならない点はいくつもあります。例えば、複数の恒星の周りを公転する惑星もあれば、白色矮星や中性子星のような恒星の残骸(※3)の周りを公転する惑星も見つかっていますし、なかには全く他の天体の重力にとらわれていない「自由浮遊惑星(※4)」という天体も見つかっています。これらの惑星の定義は要件aの「太陽」を単純に「恒星」に置き換えても解決しない問題です。
※3…より多く使われている分類名は「コンパクト星(Compact object / Compact star)」ですが、今回は後述する定義文に合わせました。なお現時点でブラックホールを周回する惑星は見つかっていません。
※4…Free-Floating Planet(FFP)、Rogue Planet。浮遊惑星、はぐれ惑星とも。
また、伝統的に恒星と惑星は「自ら光り輝いているか否か」で区別されてきました。今日では「中心部で核融合反応が発生し、エネルギーを生産しているか否か」と言い換えることができます。
しかし、天文学の進歩によって、太陽と同じような水素(軽水素)の核融合反応は起きていないものの、より核融合しやすい重水素での核融合反応が起きていると考えられている「褐色矮星」と呼ばれる天体が見つかっています。重水素の核融合が起きるには木星の13倍以上の質量が必要とされていますが、これまでに見つかっている太陽系外惑星の一部の質量はこの値を超えていると見られています。
さらに、作成される定義の数値的な部分は、現状の技術でも高い精度で測定可能なものにしなければなりません。太陽系外惑星のほとんどは間接的な手法で発見されたものであり、直接観測されたものは非常に例外的です。また、直接観測されたわずかな太陽系外惑星も写真では光の点にしか見えないので、例えば「天体は球形をしている」というような定義を運用することはできません。
このように、主要なものだけでも様々な問題が山積していますが、細かく見ればキリがないほど、検討すべき問題や課題が山積しています。このため、惑星の定義を改善する複数の案を様々な人々が示しています。
■定義を作るにあたっての諸問題Margot氏ら3氏は、惑星に関する現行の定義の問題を解決する、新たな定義の構築に取り組みました。これは現行の惑星の定義の精神を尊重しつつ、2018年にIAUの委員会(※5)が提案した太陽系外惑星に関する暫定の定義(記事末尾の付録2を参照)も盛り込んで内容を改善したものです。
※5…委員会F2 – 太陽系外惑星と太陽系(Commission F2 Exoplanets and the Solar system)
定義の作成に当たって、3氏は太陽系にある惑星・準惑星・衛星・小惑星について、その質量・直径・公転軌道の性質を元にした(k平均法による)分類を行いました。これは、多数の天体に関して詳細なパラメーターが判明している唯一のサンプルが太陽系であるためです。一方で、太陽系が “非典型的なサンプル” である可能性もあるため、いくつかの詳細なパラメーターが判明している太陽系外惑星との比較も行い、検討した定義が異質なものになっていないかをその都度チェックしました。
数値的な定義を設けるにあたって、3氏が特に注目したのは「質量」です。発見手法の性質上、太陽系外惑星は質量の範囲を具体的に算出することができ、条件が悪くてもその下限値を求めることができます。太陽系の天体の場合、衛星の公転周期をもとにより高精度な値を求めることも可能です。
質量は重力の源であるため、その天体が球形をしているかどうか、実際に形状を観測しなくても議論することができます。太陽系でさえ形が確定していない天体が数多くある中で、これは有用な手段です。また、公転軌道の近くにある別の大きな天体は重力によって排除されるため、質量をもとにすれば別の要件についても議論することができます。
これらを踏まえ、3氏は最初に、以下の5つの要件からなる複雑な定義を考案しました。
惑星とは、次のような天体である。
(a) 1つまたはそれ以上の恒星、褐色矮星、または恒星の残骸を周回している
(b) 公転軌道の周辺を動的に支配するのに十分な質量、つまりmを地球質量で表された惑星天体の質量、m_centralを太陽質量で表された中心天体の質量、aを天文単位で表される長半径とした場合の、 m > 0.0012 × m_central^(5/8) × a^(9/8) を満たす。
(c) 自身の重力が剛体力に打ち勝つのに十分な質量を持つことから、ほぼ静水圧平衡の状態とほぼ三軸楕円体の形を取る質量、つまり m > 10の21乗kg である。
(d) 実際の質量が重水素の熱核融合の限界質量を下回る(現在、太陽と同じ金属量では木星の13倍の質量と計算されている)。
(e) 中心天体との質量比がL4/L5不安定性を下回る、つまり m/m_central < 2/(25+√621)≈1/25 である。
衛星とは、惑星を周回する天体である。
ただし、3氏は、これにもまだ問題があると考えました。例えば、要件bは公転軌道の長半径を含みますが、分類において似たような定義が使われている小惑星や彗星において、長半径による天体の分類は意味をなさないという批判も一定数存在します。また要件cの質量は、下限値に近い場合、実際の形状が球形とは異なる可能性もあるため、自信をもって球体と言える質量の下限は、もう少し上に置く必要があります。さらに要件eについては、軽い恒星を公転する重い惑星は、この定義においては惑星ではなくなってしまうという明らかな問題が生じます(※6)。
※6…例えば、最も軽い恒星は太陽の約8%、木星の約80倍の質量です。ここに木星の約4倍以上の惑星が1個だけ公転している場合、物理的な分類は明らかに惑星であり、公転軌道の不安定さもないにも関わらず、要件eによって惑星ではないことになってしまいます。
■新たな惑星の定義の最終案を作成最終的に3氏は問題点を改善した最終案を作成しました。それは以下の通りです。
惑星とは、次のような天体である。
(a) 1つまたはそれ以上の恒星、褐色矮星、または恒星の残骸(訳注: コンパクト星)を周回している。
(b) 質量は10の23乗kgよりも大きい。
(c) 質量は木星の13倍(2.5×10の28乗kg)よりも小さい。
衛星とは、惑星を周回する天体である。
最終案では定義内の数値がどのような理由で定められたのか原案よりも分かりにくくなっていますが、裏を返せばかなりシンプルで分かりやすくなっています。2006年の惑星の定義は「一般の人々が簡単に理解できる定義を作る」という善意が少なからず反映された結果シンプルなものになった一方で、数値で定義されていないことが問題となりました。今回は複雑な定義に疎い一般の人々と、定量的な定義を重視する科学者の両方に配慮した内容であると言えます。
なお、要件bでは、天体がどのような物質でできていても球形になると考えられる質量の下限値が設定されています。太陽系最小の惑星である水星の質量が3.3×10の23乗kgであることを踏まえると、十分に余裕があります。
また、最後の定義では衛星が惑星と区別されていますが、これは一部で提案されている惑星の定義において、地球の月のように比較的大きな衛星が惑星として扱われていることに対応したものです。さらに、太陽系外惑星系の命名に関するIAU作業部会の意見を踏まえ、要件aを満たさない自由浮遊惑星は惑星ではないとしています。ただし3氏は、自由浮遊惑星は要件bと要件cを満たす天体であるべきとも提言しています。
この定義案は、2024年8月に南アフリカ共和国のケープタウンで開かれる予定の第31回IAU総会で発表されます。今回はあくまでも案の発表であり、実際に投票による議決がされるわけではありませんが、この案そのものや改善された案が数年後の総会で実際に議決される可能性は十分にあります。
2006年の惑星の定義の議決の時には、透明性や公平性の問題が少なからず指摘されていました。定義案の内容は総会の開始時まで会員には知らされず、審議が行われたのは2週間という短い会期中だったことに加えて、対面での投票が義務付けられていたため、投票に参加できたのは9000人以上の会員のうちわずか424人だったことがその理由です。
一方で、今回の惑星の定義は事前に提案されていますし、IAU総会の議決では電子投票も認められるようになったことから、より高い透明性の下で定義が決定されると3氏は期待しています。
■付録: 議決および案の原文と日本語訳1. 第26回国際天文学連合総会決議5A(IAU Resolution 5A for GA-XXVI)の惑星(planet)の定義は次の通りです。
A planet [1] is a celestial body that (a) is in orbit around the Sun, (b) has sufficient mass for its self-gravity to overcome rigid body forces so that it assumes a hydrostatic equilibrium (nearly round) shape, and (c) has cleared the neighbourhood around its orbit.
Footnotes: [1] The eight planets are: Mercury, Venus, Earth, Mars, Jupiter, Saturn, Uranus, and Neptune.
「惑星 [1] は、(a)太陽の周りの軌道にあり、(b)自身の重力が剛体力に打ち勝つのに十分な質量を持つことから静水圧平衡の状態の(ほぼ球の)形にあると推定され、(c)軌道上から近隣の他の天体を排除している天体である。
注釈: [1] 8つの惑星は、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、そして海王星である。」
2. 2018年に国際天文学連合委員会F2(Commission F2 Exoplanets and the Solar system)が提案した、暫定的な太陽系外惑星の定義は次の通りです。
天体の実際の質量が重水素の熱核融合の限界質量を下回り、恒星、褐色矮星、または恒星の残骸を周回し、中心天体との質量比がL4/L5不安定性(中心天体に対する質量比は 2/(25+√621)≒1/25 未満)よりも下のものは「惑星」であり、どのようにして形成されたかは関係ない。
太陽系外の天体が惑星と見なされるために必要な最小の質量/直径は、太陽系で使用されるものと同じである必要があり、これは自身の重力が剛体力に打ち勝つのに十分なことと、軌道上から近隣の他の天体を一掃していることである。
Source
Jean-Luc Margot, Brett Gladman & Tony Yang. “Quantitative Criteria for Defining Planets”. (The Planetary Science Journal) Holly Ober. “Scientific definition of a planet says it must orbit our sun. A new proposal would change that”. (University of California, Los Angeles)文/彩恵りり 編集/sorae編集部