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暗黒物質検出器「XENONnT」が稀なニュートリノ衝突現象の観測に成功

sorae.jp 2024年7月27日 21時10分

宇宙には「暗黒物質(ダークマター)」という、重力でのみ存在を知ることのできる物質が大量にあるとされています。暗黒物質は普通の物質と極めて稀に相互作用する可能性があるため、原子核と暗黒物質との衝突で発生する信号を捉える検出器が世界中に設置されています。しかし正しい観測のためには、無関係の信号であるノイズを除去する必要があります。

国際共同実験「XENON(ゼノン)コラボレーション」は、液体キセノンで暗黒物質を検出する最新の装置「XENONnT(ゼノンエヌトン)」にて、太陽から放出される素粒子「ニュートリノ」が原子核と衝突する形式の1つである「ニュートリノ‐原子核コヒーレント弾性散乱(CEvNS)」に由来する信号を検出したと発表しました。

地球の外に由来するニュートリノによるCEvNSを捉えたのは世界で初めてのことです。この結果から、XENONnTは小型の装置の割に、ニュートリノというノイズに対して非常に感度が高い検出装置であることを示しています。同時に、 “ニュートリノの霧” と表現される宇宙全体のニュートリノ観測にも生かせることを示しています。

【▲ 図1: XENONnTの内部にある検出器を撮影した写真。(Credit: XENON Collaboration)】 ■暗黒物質を捉える「XENONコラボレーション」

宇宙には、重力でのみその存在を知ることができ、光などの電磁波と相互作用しない(吸収も反射しない)ため、直接見ることのできない「暗黒物質」が大量に存在します。銀河の回転速度や宇宙の大規模構造から、暗黒物質の存在は確実視されていますが、その正体はよく分かっていません。

ただし、暗黒物質は普通の物質と “全く” 相互作用しないのではなく、 “ほとんど” 相互作用しないという予測があります。裏を返せば、極めて稀ながら普通の物質と相互作用をすることになるため、この稀なイベントを捉える方法で暗黒物質の実在を証明するだけでなく、性質や正体を明らかにしようとする試みがあります。

イタリアのグラン・サッソ国立研究所では、暗黒物質を直接検出する国際共同実験「XENONコラボレーション」が行われています。これは低温で液化した貴ガス元素「キセノン」を検出器付きのタンクに貯め、キセノン原子核と暗黒物質が衝突した時に発生する稀な信号を検出しようとする試みです。実験名のXENONは、キセノンの英語名Xenonに由来しています。

XENONコラボレーションは2006年に始まり、現在では第4世代の検出装置「XENONnT」が稼働しています。XENONnTではこれまでの装置で最大となる5.9トンの液体キセノンが維持され、ノイズとなり得る微量の放射性物質の除去や中性子の監視が行われています。また、ノイズの源となる外部からの中性子やミュー粒子の遮断のために、装置自体が700トンの水で満たされたタンク内に入れられています。

■稀なニュートリノ衝突現象「CEvNS」とは

今回XENONコラボレーションが発表したのは、XENONnTが検出した「ニュートリノ‐原子核コヒーレント弾性散乱(CEvNS)」と呼ばれる現象です。これはとても簡単に言えば、素粒子「ニュートリノ」が原子核と衝突する形式の1つです(※)。この説明には多くの専門用語を必要とするため、1つずつ解説していきます。

※…正確には相互作用に必要なウィークボソンが介在しますが、今回は割愛します。

ニュートリノは主に、核融合や核分裂のような、原子核が変化する場で発生します。しかし、ニュートリノは物質と相互作用する確率は非常に低く、地球や太陽にぶつかっても大半がすり抜けてしまいます。このためニュートリノは、しばしば “幽霊粒子” という別名で呼ばれます。

ニュートリノが稀に原子核と相互作用する、つまり衝突した際に起こる現象は、ニュートリノが持つエネルギーによって異なります。ニュートリノのエネルギーが高い場合、ニュートリノは原子核を構成する核子の1つ(陽子や中性子)と反応し、お互いに粒子の種類が変化します(非弾性散乱)。大型のニュートリノ検出装置は、この反応で生じた粒子から発生する信号によって、ニュートリノを間接的に検出します。

一方でニュートリノのエネルギーが低い場合、原子核との衝突で起こる反応が異なります。エネルギーが低いニュートリノが原子核と衝突すると、核子の1つではなく、原子核全体と反応する「コヒーレント散乱」を起こします。衝突時のエネルギーは原子核全体に伝わる一方で、お互いに粒子の種類が変化するほどのエネルギーがないため、何も粒子の種類が変わらず、お互いの運動方向や速度のみが変化する「弾性散乱」を起こします。

【▲ 図2: CEvNSでは、低エネルギーなニュートリノの衝突によって原子核が動きます。(Credit: Oak Ridge National Laboratory)】

弾性散乱はビリヤードの球をぶつけたような状況に例えられますが、今回の場合はニュートリノという極小の球を、原子核という巨大な球にぶつけた結果、原子核がほんのわずかながら動いたように見えるはずです。原子核の1つが動くと、周りの原子核との位置変化によって放射が発生するため、これを捉えることでニュートリノを間接的に検出します。これがCEvNSと呼ばれる現象です。

しかし、ニュートリノと原子核との質量差は極めて大きいものであり、CEvNSの検出は極めて困難です。いわばゾウに蚊が衝突した時のわずかなブレを見るようなものです。このためCEvNS自体は1974年に予言されていたものの、初めての検出は2017年に「COHERENT実験」によって達成しました。これは人工的なニュートリノ源による、高エネルギーなニュートリノで成功しました。

■地球外ニュートリノによるCEvNSの観測に初成功!

一方で今回のXENONコラボレーションでは、より低エネルギーなニュートリノでのCEvNSの検出に成功しました。より具体的には、太陽中心部の核融合反応で生じる「ホウ素8」という稀な原子核から放出されるニュートリノと、XENONnT内にあるキセノン原子核とのCEvNSで生じる信号を検出しました。地球の外に由来するニュートリノで発生するCEvNSを捉えたのは今回が世界で初めてとなります。この信号の検出は、分析する人のバイアスがかからないような分析方法で行われた結果、全くの偶然である可能性は0.35%であると計算されました。

低エネルギーの地球外に由来するニュートリノによるCEvNSを捉えられたことは、XENONnTの本来の目的である暗黒物質の探索にも役立ちます。CEvNSによる信号は、暗黒物質と原子核が衝突した時の信号と似ている可能性があります。これらの信号が区別できない場合、暗黒物質の探索はニュートリノによるノイズに邪魔されて上手く行かないでしょう。宇宙全体を満たすニュートリノによるノイズであることから、これは “ニュートリノの霧” と表現されます。

今回、低エネルギー地球外ニュートリノを検出できたということは、XENONnTが “ニュートリノの霧” を捉えられること、暗黒物質による真の信号と、ニュートリノによるノイズを区別できるということを意味しています。もし将来的にXENONコラボレーションが有望な信号を捉えた場合、それが暗黒物質によるものか、それともニュートリノなどのノイズであるのかを見分けられるため、暗黒物質の発見の主張が議論の余地が少ない形でできる、という希望に繋がるでしょう。また、他のニュートリノ検出器と比べて数百分の1程度のサイズの検出器でもニュートリノを捉えられたことから、XENONnTは暗黒物質探索だけでなく、ニュートリノを観測する装置としても活躍することが期待されます。

 

Source

“First measurement of a nuclear recoil signal from solar neutrinos with XENONnT”. (XENON Dark Matter Project) “XENONnT 実験での太陽ニュートリノによる原子核散乱事象の測定結果”. (東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構) “How do you look for CEvNS?”. (Oak Ridge National Laboratory)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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