宇宙飛行士は宇宙旅行中に重力の変化すなわち微小重力の状態を経験することがあります。微小重力下では体内の体液が地球上での直立姿勢の場合とは異なる移動をします。そのため眼球内や眼球周囲の血管を含む心臓血管系に変化が生じる可能性があります。
今後宇宙旅行が一般化すると、このような変化を経験するのはプロの宇宙飛行士だけではなくなるでしょう。民間人は宇宙飛行士と比べて体力が劣り、健康状態も良くない可能性があるため、体液移動の変化が心臓血管系や目の健康に与える影響について理解を深めることはいっそう重要になります。
テキサスA&M大学のAna Diaz Artiles博士が率いる研究チームは、微小重力下での体液移動が目に与える影響について研究しています。地球上で直立姿勢を取ると重力により体液の大部分は脚に蓄えられます。ところが微小重力下ではすべての体液が引き下げられないため上半身にも再分配されます。
こうした体液の変化は、「宇宙飛行関連神経眼症候群(SANS: Spaceflight Associated Neuro-ocular Syndrome)」と呼ばれる現象に関連している可能性があるとのこと。SANSは宇宙飛行士の眼球の形状や眼球の血液循環圧力である「眼灌流圧(OPP: Ocular Perfusion Pressure)」に変化を引き起こ し、眼球の平坦化や屈折異常による遠視化などの症状が現れることがあります。
また、微小重力への曝露により直立姿勢と比較してOPPがわずかながら慢性的に上昇し、それがSANS の発症に関与している可能性があるという仮説が立てられています。
現時点で研究者たちはSANSの正確な原因やメカニズムの解明には至っていませんが、SANS による頭部への体液移動を緩和する有効な対策を研究しています。本研究では、「下半身の陰圧(LBNP: Lower Body Negative Pressure)」によって体液が下半身に戻され微小重力の影響を打ち消す可能性が検討されました。
本研究では、傾斜台の上に「LBNP負荷装置」を設置し、被験者24名(男性12名、女性12名)について傾斜角度を変えて(0度および15度の)姿勢ごとに眼圧、眼の位置での平均動脈圧およびOPPを測定しました。
その結果、LBNPは下半身への体液移動を誘発する効果はあるものの、OPPを軽減するには効果的な方法ではないことが示されました。
研究チームは今後体液移動の効果的な対策や上記仮説の検証などOPPとSANSの関係、およびLBNPが目の機能に与える影響について理解を深めるため、回転負荷装置を使用して対策の効果を調べるとのこと。
さらに、OPPと微小重力環境によって影響を受ける可能性のある他の心臓血管機能を比較することも目指しています。
また、これらの研究は地球上で行われるため、宇宙旅行での重力環境とは結果が異なる可能性があるため、将来的に放物線飛行などの真の微小重力条件下で研究を実施したいと考えています。
本研究成果は2024年6月8日付けの「nature」に掲載されています。
Source
Texas A&M University – An Unexpected Eye-Opener of Space Travel Hall et al. – Ocular perfusion pressure is not reduced in response to lower body negative pressure (Nature)文/吉田哲郎 編集/sorae編集部