我々の住む太陽系が存在する銀河系(天の川銀河)を含め、数多くの銀河では中心部分に「超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)」が見つかっており、大きなものではその質量は太陽の約100億倍にも及びます。しかし、本来ブラックホールは恒星の超新星爆発の残骸として生まれるので、誕生時の質量は超新星爆発前の恒星の質量を超えることはありません。つまり、超大質量ブラックホールは最初から超大質量だったわけではなく、もっと小さい状態から成長していったはずです。
ブラックホールは周囲の物質を吸い込む、もしくは他のブラックホールと合体することで成長します。なので、ガスや星、ブラックホールなどが密集した場所の方が成長しやすいだろうと予想されます。こうした高密度環境の例としては、形成期の星団や銀河中心などが考えられます。
とはいえ、高密度環境下であったとしても、さすがに超大質量ブラックホールにまでいきなり成長させることは容易ではありません。ブラックホールは質量が小さいとその重力が優勢になる範囲も狭くなるので、通常の恒星から小さく生まれたブラックホールは成長が遅く、いつまで経っても大きくなれないままだろうと考えられています。
つまり、大質量のブラックホールになるほどの急激な成長を遂げるには、そもそも生まれた瞬間からある程度大きな質量を持っていなくてはなりません。要するに、形成期の星団の中で、非常に大きな質量の恒星を作ることができれば、それが超新星爆発を起こし、将来的に超大質量ブラックホールに成長し得るくらいの大きなブラックホールができる可能性があります。
■コンピュータシミュレーションで大質量な恒星の誕生を再現科学雑誌Scienceで新たに発表された研究において、東京大学の藤井通子准教授らはスーパーコンピュータを用いて、ビッグバン直後の宇宙を想定した「球状星団」の形成過程を再現するシミュレーションを実行しました。その結果では、形成期の球状星団の中心部分は極めて多くの星が密集した環境にあり、そこでは星同士が頻繁にぶつかり合って合体する「暴走的衝突」が発生し、最大で太陽の1万倍もの質量を持つ恒星が生まれました。
このような大質量の恒星は表面からガスを放出することで著しく質量が減っていきます(この現象は星風と呼ばれます)。しかし、藤井准教授らの計算では、この星風の効果を加味しても、シミュレーション中で現れた大質量の恒星は超新星爆発に至るまでに太陽の3400倍の質量を残しました。この恒星質量のほとんどはそのままブラックホールの質量になると考えられ、彼女らはこの結果から、誕生時から太陽の1000倍以上の質量を持つようなブラックホールの形成は可能であると結論しています。
今回の藤井准教授の研究のような、質量が太陽の数百倍から数十万倍程度までのブラックホールは「中間質量ブラックホール」と呼ばれますが、これらは不思議なことに数えるほどしか見つかっていません。しかし、超大質量ブラックホールが多くの銀河で見つかっている以上、その成長途中であるはず中間質量ブラックホールはより多く見つかっても不思議ではないはずです。
これまでの研究において、中間質量ブラックホールは銀河系の球状星団の中に存在するのではないかとする観測結果も報告されていましたが、決定的な証拠に欠いていました。今回の藤井准教授の研究はこうした観測結果に対して肯定的な予測をしていると言えます。
ところで、超大質量ブラックホールはビッグバンからわずか7億年しか経っていない時代の銀河にも存在が確認されています(現代はビッグバンから約137億年後)。しかし、わずか7億年の間にどうやってブラックホールを「超大質量」まで成長させるのかは、現代の天文学においても明らかになってはいません。
今回の藤井准教授の研究で想定された球状星団とは、ビッグバン直後の時代に形成された非常に古い星の集団です。彼女らのシミュレーションが示すように、形成期の球状星団の中に中間質量ブラックホールがあるとするならば、これらが銀河中心に運ばれ、何らかのメカニズムによってより大質量に成長し、超大質量ブラックホールへと進化していくのかもしれません。
Source
Fujii et al. (2024) - “Simulations predict intermediate-mass black hole formation in globular clusters” (Science, arXiv)文/井上茂樹 編集/sorae編集部